8月2日(土) 晴

午前、中野駅で乗り換えて東西線へ。席に着くと、先日の飲み会でミロコマチコさんが言った、あいうえお作文の「しまだ」を思い出して、声を上げて笑ってしまいそうになる。「しまだ」は夏葉社の島田潤一郎さんのことで、曰く、「死ぬほど、マジで、誰よりも」=「し・ま・だ」。必死に笑いをこらえたつもりだが、少しだけ白い歯をほころばせてしまったかもしれない。高田馬場駅付近にて。


8月4日(月) 曇

午後、小田急線に乗って豪徳寺駅へ。写真家の島尾伸三さんと潮田登久子さんに、島尾敏雄が撮った写真についてインタビューするため。駅から約10分。島尾家に伺うのはおよそ5年ぶり。数々のオブジェに囲まれながらお話を伺う。島尾敏雄は日記を書くように写真を写していたという。見せてもらったのは、豪雨のなか素足で家から外に飛び出す島尾ミホの写真。伸三さんが語る両親の関係は衝撃的で、途中で耳を塞ぎたくなるほど。以下のメモをとる。「1. 島尾敏雄が残した膨大な量の写真が、かごしま近代文学館に保管されている。2. 戦中の島尾は、魚雷艇で特攻を決意、相思のミホは決行日に自刃する覚悟だった。3. 昭和20年8月13日、命令下るも待機中に終戦。翌年二人は結婚し、二児をもうけた。4. 島尾の不貞が発覚したのは昭和29年の夏。 島尾の日記をミホが読んだことによる。5. ミホは発狂し、それからの生活をもとにして、代表作『死の棘』が描かれた。6. この写真を撮ったとき島尾の背後には、二人の子供も立っていた」


8月5日(火) 晴

午前、福岡の古道具店Krankが定期的に送ってくれる新商品案内のメールを見て、非常に心を動かされる。いかにも店内に置きたくなるような引き出しが売りに出ている。指を動かして購入ボタンをクリックしたくなるが、今月末の支払いは多いはず……。グッとこらえる。指をくわえてパソコンの画面を見ているしかない。お昼に長寿庵にてせいろをいただく。


8月8日(金) 曇ときどき雨

営業終了後、在本彌生さんと小林エリカさんとで青山のレストランにて会食。帰り際雨に降られるが、私は傘を持っていない。傘を貸してあげようかとか、買ったほうがいい、という意見をいただくが、雨に打たれながら原宿駅に向かう。


8月10日(日) 曇

夕方、明日からはじまる「ドグラ・マグラ 銅版画展」の搬入を行う。「ドグラ・マグラ」は言うまでもなく夢野久作の小説作品。私のような古本屋にとって『ドグラ・マグラ』は小説であると同時に商品でもある。試しに「日本の古本屋」で「夢野久作」を検索すると、昭和10年に松柏館書店から刊行された初版が、472,500円で出てくる。とはいっても、このような稀覯本を取り扱えるのは一部の信頼ある専門店だけであって、なかなか手の出せる本ではない。お客さんに質問された際、的確に答えられる知識が求められる。しかし、明日からの「ドグラ・マグラ 銅版画展」では、あろうことか自筆の『ドグラ・マグラ』初期草稿が店内に展示されることになった。初版ではなく「自筆草稿」。それも新発見のもの。古本屋とは、常に珍本奇書を掘り出してみたいと思っている生業。すぐに古書値を考えたくなる。あらかじめ知人の近代文学を専門に扱う同業者に尋ねてみるとが、「相場などあるはずもない」との返答。このようなレベルのものは、値付けをすることが許されたものの見識と夢野久作への情熱が価格に反映されることになるという。さて私ならいくらにするか。そんな想像を巡らしながら箱をあける。しかし、そんな幸福な空想の一方で不安も積もる。古本屋という商売につきものなのが万引。おそらく腰が抜けるほどに高額な自筆原稿が店内に設置されるのだから、セキュリティーには万全を期さなければならない。取り換えのきかない貴重な資料なので、もし本格的な窃盗団に襲われたら、たまったものではない。そんなことを考えていると、プレッシャーで押しつぶされそうだ。それにしても自筆原稿を発見した佐々木孝さんの見識には古本屋として唸ります。


8月11日(月) 晴

午前、地下鉄駅構内で配布されているフリーペーパー「メトロミニッツ」掲載用の取材をしていただく。


8月12日(火) 曇

朝、墓参りのため山形県寒河江市に帰省。午後、自宅の庭でスイカ割りをし流し素麺を食べる。夜に手持ちの花火をするが、実は私は子供の頃から手持ちの花火のおもしろさをなかなか理解できない。煙いし、蚊もくるし、臭いもけっこうきつい。それに終わったあとの花火のビジュアルがいかにも残念な感じがする。


8月14日(木) 晴

夜、自宅の押し入れから、アルバムを取り出して、子どもの頃の写真を見る。6歳の時、亀戸に住んでいた叔母さんを訪ねて旅行したものなど。 現在、山形と東京は、新幹線で3時間弱ほどだが、その頃は東北新幹線が開業する前だったので、一日がかりの旅路だった。当時は「特急つばさ」でおよそ5時間。ベージュ地に赤のラインが入った車両が、上野行きの表示を掲げて走っていた。写真を見ていたら、電車のボックスシートでお茶をこぼした状況や、上野駅のホームに到着したときの光景が蘇ってきた。どこの公園だったかは忘れたが、鳩の群れと、はじめて見たホームレスの人々は衝撃的だった。


8月20日(水) 晴

営業終了後に、ある編集者と打ち合わせ。「旧市街地」という観点から本をつくれないか、という相談。東京にそう呼ばれる地域は見当たらないし、日本中のどの都市にも「旧市街地」はない。一方、ヨーロッパの古い街には「旧市街地」と呼ばれる一角があり、観光ガイドなどでその地区の特集を読むと、良い市場があったり、古くからのレストランがあったり、アンティークショップが並んでいたり、実際に歩きたくなる。いまの東京に「旧市街地」を求めることはできないか、もしできたすれば、そういうくくりをするだけで、あたらしい何事かにつながるのではないか。そんな妄想を繰り広げる。自分としては、かつての東京市の旧神田区、旧日本橋区、旧京橋区あたりを旧市街地と呼びたい。


8月25日(月) 晴

午後、takram design engineeringの渡邉康太郎さんからメールが届く。takram design engineeringではタクラムアカデミーと称して定期的に勉強会を開いているが、9月2日の回ではスマイルズの遠山正道さんが登壇され、新しいビジネスを妄想する会を催すという。遠山正道さんといえば、著書『やりたいことをやるというビジネスモデル PASS THE BATONの軌跡』を先月読んだばかり。非常に興味を惹かれる。来年は茅場町で本屋を初めて10年目になる。次の10年は何か新しいことに取り組みたい。この機会に遠山正道さんに提案してみようと思う。実はかねがね「アトム書房+1冊の本を売る本屋」というコンセプトを持っていた。


8月26日(火) 曇

営業終了後、西荻窪の6次元へ。秋に創刊される新潮社の「工芸 青花」のトークイベントに登壇するため。私もライターとして「骨董と本棚」という連載を担当させてもらうことになった。参加したのは中世美術史家の金沢百枝さん、茶人の木村宗慎さん、建築家の中村好文さん、「工芸 青花」編集長の菅野康晴さん。「どんな内容になるのですか」という質問に対し、編集長の菅野さんが執筆者の名前をあげて、各記事の内容を説明してくださる。なんとなく悪い予感がしていたのだが、案の定、私の名前がなかなか出てこない。最後まで出ない。もはやこれまでかと思ったら、金沢百枝さんが、「森岡さんは?」と言ってくださる。ありがたし。トーク終了後、近所の居酒屋でビールを飲んで餃子をいただく。


8月28日(木) 曇

午前、店内で某誌編集者と「写真集」の物撮りを行う。途中、輪島塗の塗師・赤木明登さんから編集者に電話があり、茅場町でランチをご一緒することに。交差点にほど近いBISTRO SABLIERにて。柳宗悦の『美の法門』などについてお話をうかがいながら、桃のスープと黒鯛のグリルをいただき、デザートにブロマンジュを出してもらう。


8月31日(日) 晴

夕方、日本橋三越本店の本館6階の美術特選画廊で開催されている木村宗慎さんの「一器一菓展」へ行く。幸運にも、会場にて木村さんご本人からお茶とお菓子を出していただく機会に恵まれた。この展覧会は新潮社の『一日一菓』の刊行記念展であるが、同書中の木村宗慎さんの言葉がこころに残る。「菓子は器という衣装をまとい、時と所を得、もてなされるべき人と出会うことで真価を発揮します」「もてなしの気持ちはどうすれば伝えられるのか、写真の一カットずつが、私にとって茶会でした」。店舗を運営する者にとっても忘れないでいたい言葉である。


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森岡督行 yoshiyuki morioka

「森岡書店」主人。1974年山形県生れ。著書に『BOOKS ON JAPAN 1931-1972 日本の対外宣伝グラフ誌』(ビー・エヌ・エヌ新社)、『写真集 誰かに贈りたくなる108冊』(平凡社)、『荒野の古本屋』(晶文社)、『東京旧市街地を歩く』(エクスナレッジ)など。「青花の会」編集委員。
facebook:yoshiyuki.morioka.7


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