11月2日(月) 曇

夜、馬喰町のMさんから電話。なんと馬喰町の物件を、他の方が借りることになるかもしれないという。12月初旬に物件情報が不動産屋に開示され、それと同時に申し込めば十分おさえられると思っていたが、その方は、直接大家と交渉を持っているようだ。遠山さんとの企画はこの物件ありきのことだったので、もしおさえることができなければ、計画自体を白紙に戻さざるを得ない。結果が分かり次第教えてほしいと伝える。


11月5日(木) 晴

夜、馬喰町のMさんから電話。「物件は他の方が借りることが決定しました」と聞いて、膝から崩れ落ちる。初動をもっともっと早くするべきだった。認識が甘かったという他ない。誰もが契約したくなるような物件だった。すぐさま遠山さんに連絡し、事の次第を伝える。


11月8日(日) 曇

夕方、日比谷線に乗って六本木のAXISへ。テキスタイル作家の丸山正さんのパフォーマンスに出演する。昨年に続き今年も、自分の身体に丸山さんの帯を巻き付けていただく。昨年より丸山さんの身体が締まって見える。もしかしたらこのために身体をつくってきたのではないだろうか。豪腕の丸山さんに身を委ねること40分、自分が丸山さんの作品の一部と化して展示される。膝を折って立っているので、途中から太もも付近がふるえ出す。終了後に茅場町へ戻り、展示中の石神照美さんと高橋和枝さんの搬出作業を行う。


11月9日(日) 曇

夕方、明日から始まる「smbetsmb “given”」展の搬入を行う。smbetsmbは、新保慶太・美沙子夫妻によるデザインユニット。昨年に引き続き、今年も小店にて展示会を開催してもらうことになった。
新保夫妻は11月22日にリニューアルオープンする東京都庭園美術館のアートディレクションとデザインも行っている。そのオープニングレセプションのご案内をあたらめていただく。


11月10日(月) 曇

午前、スマイルズ森住さんと宮川さんがご来店。馬喰町の物件が流れてしまったことを確認するが、自分としては「1冊の本を売る書店」の構想を捨てたくはない。森住さんと宮川さんには、引き続き物件を探してみることを伝える。
午後、金澤一志さんが監修した北園克衛選詩集『記号説』『単調な空間』が、版元の思潮社から届く。開いてみて、北園克衛は日本語のバランスの悪さと格闘していたのではないかということを、あらためて思う。日本語を意味として捉えるというよりも、文様として捉えているようだ。また、その文様の美しい配置に重点が置かれているとするなら、意味の通らない言葉の羅列にもうなづくことができる。北園の詩は欧米言語の持つ美しさに対する、日本語の側からのあがきだったのかもしれない。


11月12日(水) 曇

夜、神保町の交差点近くにあるサカキラボにて、「工芸青花」の刊行記念トークイベントを行う。五割一分TOKYOの三浦哲生さんが企画してくださった。編集長の菅野康晴さんと小林和人さん、それに私が登壇させていただく。「工芸青花」は雑誌という触れ込みだが、一冊8000円という、かなり思い切った価格設定の本。厳しさを増す出版業界にあっては、この価格で本当に売れるのかどうか訝しく見るむきもある。しかし、これまで行われた「創刊を説明するイベント」では、東京、京都、各会場とも、確実にお客さんを集めている。今回のイベントでは、菅野さんに、あらためていま「工芸青花」を出版する意図と、各会場でどのような会話がなされたのかをお聞きしたかった。「新幹線は民芸か」という問題にも少々話が及ぶ。それにしてもたくさんのお客さまがかけつけてくださった。ありがとうございます。終了後に三幸園にて餃子や炒飯をいただく。小林さんと有志は3次会のカラオケに向かったが、私は明日の朝が早いので欠席。


11月13日(木) 晴

朝、辺見えみりさんが監修している雑誌「the HANDBOOK」で店舗の取材をしていただく。午後、昨年7月に対外宣伝誌の展示をさせていただいた銀座一丁目の鈴木ビルへ。大家の鈴木さんに『名取洋之助と日本工房 報道写真とグラフィック・デザインの青春時代』をほしいと言われていて、それを手渡すのが目的。久しぶりに鈴木さんと面会。するとなんと、一階の喫茶店部分の部屋が40年ぶりに空くという。カフェを開く計画があったが、それが頓挫して、再び入居者を募集することになったそうだ。
早速部屋を見せてもらうと、完全なスケルトンの状態で広さは5坪。奥の方が窪んでいて収納庫のようになっている。「これは何ですか」と鈴木さんに尋ねると、鈴木さんは口を開いて次のように言った。「火鉢とかも置いてあって……そう、石炭置場」。次の瞬間、私は鈴木さんを見ながら、虚空を見つめていた。そして、稲妻が全身を貫いたような衝撃が走った。私はこれまでも幾度となく、石炭置場のある物件に出会っては、住居と職場を変えてきた。
茅場町の店舗に戻ながら、家賃などを考慮して売り上げの算段をしはじめる。5坪という面積は、「1冊の本を売る本屋」のコンセプトを体現するには、むしろちょうど良い。


11月14日(金) 晴

午前、鈴木ビルを管理している不動産屋に電話。入居申し込み状況を確認すると、すでにワインバーを営みたいという人と、骨董屋を行いたいという人が申し込みを入れているという。家賃を確認し、再度、売り上げの算段を行う。


11月15日(土) 晴

お昼。もう一度、銀座一丁目の鈴木ビルへ。ビルの前でしばし外壁を眺める。昭和14年からはここに日本工房が入居していたのかと、あらためて思う。そう考えると、ビルの扉を開けて名取洋之助や土門拳、亀倉雄策らが中に入っていく光景が思い浮かんでくる。ビルの前をうろうろすること1時間。すると「ここですよ」とビルが話しかけてきた。幻聴なのではないかと思ったが、幻聴だとしても、間違いなく私の耳には聞こえた、いや本当にビルが語りかけてきたのだ。夕方、売上と支出を再度確認。不動産屋にも電話をして、まだ申し込み可能なことを確認。その後、スマイルズの森住さんに電話を入れて、銀座一丁目の鈴木ビルが空いたことを伝える。


11月18日(火) 晴

夕方、東西線の早稲田駅で降りて、早稲田大学の戸山キャンパスへ。同大学で教鞭をとっている堀江敏幸さんにご自身の写真についてお話を伺う。遅刻してしまいそうだったので駅から小走り。予定の約2分前に研究室の前に到着。ドアをノックすると、中から「待ってー!」という声。少し早く着くというのも決まり悪い。程なくしてドアが開き、中に通される。特にフランスの評論家エルヴェ・ギベールの写真論に絡めて、堀江さんが写真について考えていることをお聞きする。資料を見せてくださるということで、スライド式の書棚を探してくださるが、積んであった本に身体が触れて、本の山が崩れ出す。30分でお話を伺う。研究室から出てエレベーターに乗ったところで、用意していた手土産を持参しなかったことに気付く。帰り際も決まりが悪い。


11月19日(水) 晴

夜、スマイルズの森住さんから、鈴木ビルの件に関してあらためて事業計画をつくって見せて欲しいとのメールをいただく。


11月21日(金) 晴

午後、スマイルズの森住さん、宮川さんに、銀座の鈴木ビル1階の物件を内見してもらう。自分は茅場町の店舗で予定が入っていたため同席できない。内見を済ませた森住さん、宮川さんと茅場町の店舗で合流し、「1冊の本屋を売る書店」の企画書の粗い部分に、より具体性を待たせることを確認する。
夜、東京都庭園美術館のリニューアルオープニングに参加する。内藤礼さんの作品が展示されているとあって、部屋によっては入るだけでも行列が出来ている。その中でもひときわ長い列が出来ている部屋を見つける。これは見応えがある展示に違いない、自分もその列の末に並ぶことにした。するとすぐ後に女性が並んだ。しばらく待つ。少しづつ列が前に進み期待が高まる。しかしよく見るとどうやら前の方にいるのも女性ばかりの様子である。女性ばかり……と思ってその部屋をよく見ると……なんと女子トイレ。自分が並んでいるのは女子トイレの列! 謝りながらその場から撤退する。


11月25日(火) 曇

午後、駒場の東京大学へ。takram design enginieeringの渡邉康太郎さんと待ち合わせ。生産技術研究所S棟1階ギャラリーにて、「チタン/3Dプリンティング マテリアルの原石」展を見学。その後タクシーに乗車して茅場町まで移動。「徳竹」で会食。ニューヨークから到着したばかりの向田麻衣さんも合流。向田さんの活動について話を伺いながらおにぎりとお味噌汁をいただく。向田さんはネパールでナチュラル化粧品ブランドLalitpur(ラリトプール)を創業し、ネパールの人身売買被害者の女性の雇用創出と自尊心の回復に取り組んでいる。


11月26日(水) 雨

午前10時、茅場町の店舗にて工業デザイナーの大西静二さんにインタビューを行う。「工芸青花」の取材。大西さんは骨董と古道具のコレクターとしても知られていて、今回はその分野の蔵書についてお話をお聞きする。あらかじめダンボール2箱分の書籍を送ってもらっていたが、そのなかから特に『村上春釣堂商品目録』、『龍泉居蒐集 京都国立博物館蔵 高麗・李朝の陶磁』『座辺の李朝』について解説していただく。私は商品目録や売立目録が、実際の骨董や古道具と同じくらいおもしろいと思っている。


11月27日(木) 晴

午前、京橋の某老舗ビルの地下に残された大量の書籍の整理。神保町の市場に出品できそうなものと廃棄せざるを得ないものの仕分け。こうして見ると、意外と仏教関連の書籍が多い。版画と骨董、掛け軸類は夏目さんに担当していただくことになった。
神保町の篠崎輸送さんにピックアップしてもらい古書市場に運んでもらう。夏目さんも合流。すると値のつく本を自分が廃棄本に入れていることを指摘してくださる。本は明日の明治古典会に出品する。


11月28日(金) 曇

午前、神保町の古書会館へ。昨日京橋から運んだ本を、今度は明治古典会の入札用に仕分ける。同会経営員の方々に手伝ってもらいながら作業を進める。休憩で、おにぎりとお茶をいただく。

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