12月1日(月) 雨

午後1時。八王子駅の改札にて中谷ミチコさんと待ち合わせ。多摩美術大学で開催されている中谷さんの個展にあわせた講演に、自分もインタビュアーとして参加させていただく。バスに揺られて多摩美のキャンパスへ向かう。一年生から大学院生まで、彫刻科の学生全員が受講。夏目漱石『草枕』についてや、「麺つゆ」を飲みながら制作をつづけていたときのことなど、約2時間の対談。帰りは思考を切り替えて、銀座の店舗での売り上げの算段をする。茅場町と銀座、両方に店舗を持つとなると、最低でもあと2人のスタッフに来てもらう必要がある 。そうすると家賃に加え、人件費が重くのしかかってくる。先月から何度も繰り返し同じ計算をしている。


12月2日(火) 曇

明日はスマイルズの経営陣の方々と鈴木ビルを内見し、今後のことを話し合う予定になっている。夕方、森住さんから、どの程度の出資と融資が必要か、年間の売り上げのイメージとあわせて具体的に聞かせてほしいとのメールが届く。やはり3人分の人件費を捻出するのは厳しい……。帰り際、銀座一丁目の鈴木ビルに立ち寄って、もう一度、外壁を眺める。夜、コシラエルのひがしちかさんから、娘さんのいろはちゃんが、日本橋交差点の工事現場に備え付けてある、彼女が撮影されたポスターを発見したとのメールが届く。夏に自分の娘と一緒に旧前田侯爵邸を訪れた時のことを思い出す。


12月3日(水) 晴

朝、茅場町の店舗にて新潮社の菅野さんと『工芸青花』に掲載する大西静二さんの蔵書の撮影を行う。途中から赤木明登さんも合流し、近所のレストランでランチを一緒にいただく。器のかたちの起源が「祈り」にあるという赤木さんのお話を非常に興味深くお聞きする。15時、遠山さんはじめ、スマイルズの経営陣の方々と鈴木ビルを内見。「戦中期には名取洋之助が主催する日本工房がここに入居していて、写真家では土門拳や藤本四八が、デザイナーでは河野鷹思、亀倉雄策、熊田五郎といった面々がこの場所で仕事を行っていた」と、あらためて述べさせていただく。その後車で茅場町まで移動し、喫茶店「ロイヤル」にて、投資金額と売り上げ予想を話し合う。実は、私はここに至るまでにある決断をしていた。人件費が出ないのであれば、茅場町の店舗を、思い切って辞めることに決めていたのだ。この場所で約10年続けることができたし、新しいことをはじめるにはちょうどいい区切りだ。それにこの先10年、同じ形態の書店でやっていけるかも分からない。このタイミングで鈴木ビルの一階が空いたのは、きっと何かのご縁だろう。鈴木ビルは東京都選定歴史的建造物だから取り壊しの心配もない。そのことを遠山さんはじめ、経営陣の方々に伝える。遠山さんが次の用事に出かけた後は、副社長の松尾さん、田原さんと、より具体的な数字について5時30分まで話をする。来週月曜日に、開店後2か月の展示予定、融資の具体的な使い道、返済計画、鈴木ビルで「書店」を開く必然性などを示すことになった。


12月4日(木) 曇

13時に茅場町に到着。昨日、はじめてこの店舗を閉店すると口にしてみたが、本当にそれが正しいのかどうか分からなくなってきた。窓から外の運河を眺めながら、2006年の1月にはじめてこの景色を見て、内田さんと話をして感激した時のことを思い出す。いまはあの時と同じ思いを、鈴木ビルと遠山さんとのご縁に感じている。今週展示をしてくださっている美術家の国沢さんと石崎さん、写真家の谷藤さんのインスタレーションがあまりにも店内の雰囲気に調和していて、ずっと見ていたら涙が出そうになる。思えばおよそこの9年、自分はこの部屋特有の雰囲気にずっと助けてもらっている。


12月5日(金) 晴

営業終了後、エクスナレッジの赤澤さんがご来店。『東京旧市街地を歩く』を来年4月をめどに出版するため、テキストの準備や写真撮影など具体的な工程を確認する。近所の「とり健」でやきとりを食べながら打ち合わせようと思ったが、赤澤さんに断られる。


12月8日(月) 晴

正午、中谷ミチコさんの展示作品の搬入を行う。ドレスデンで制作された中谷さん独自の「彫刻」作品の数々。見る角度によって全くイメージが違って見える。これらの作品を生み出すエネルギーの源が「麺つゆ」にあったのかと思いながら飾り付けをする。夕方から中目黒のスマイルズへ。松尾さん、田原さんと、収支、企画、10年後の展望、スマイルズと一緒に仕事を行う意義、融資の返済計画などについて話をする。融資の是非を明日の経営会議にかけてくださるとのこと。夜、緊張してきたので、中野のプールで約1ヶ月ぶりに泳いで身体をほぐす。そういえば、73年前の今日は真珠湾攻撃の日だった。


12月9日(火) 晴

10時、JR本八幡駅で『芸術新潮』の伊熊泰子さんと待ち合わせ。永井荷風が撮影した写真の資料にあたるため、市川市立図書館へ向かう。『墨東奇譚』や『すみだ川』、『おもかげ』など、貴重な初版本の数々を前にしてたじろぐ思いがする。古書価格を合計したらどれくらいになるだろうかと考えてみて、ふと自分が本格的な古書の販売からずいぶん遠ざかっていることを実感する。
夕方、スマイルズの松尾さんからメールが届く。「経営会議をクリアしましたので、ほぼ大丈夫です。」という内容……。感謝の思いが込み上げてくる。


12月12日(金) 曇

松尾さんから、「株式会社森岡書店」への出資と融資が正式に決まったとの連絡をいただく。遠山さんとtakuramのイベントで出会ってからおよそ3ヶ月。いろいろあった。本当にありがとうございます。とはいっても、喜んでばかりもいられない。鈴木ビルのあの部屋には、少なくともすでに2件の申込が入っている。今度は何としても大家の鈴木さんに「1冊の本を売る書店」を伝えなくてはならない。そう思いながら、すぐさま不動産業者に電話をして、正式に申込をする。17日に鈴木さんに企画を説明に行く予定を取り付ける。


12月13日(土) 晴

午前、茅場町の店舗にてIMA ONLINE連載用の書影撮影。今回はソウル・ライターの『Early Color』を取り上げた。コラムを書くにあたって読んた資料で見つけた、ソウル・ラーターの次の言葉が、いまとなっては印象に残る。「絵は自分の理想を筆で探す行為だが、写真は自分の目で何かを見つけることだ」「人生で成功することを目的として生きる人がいる。私は生きるための仕事があって相思相愛の相手がいる生活の方が大事だ。あとは自分の楽しめることをする」
午後、中谷ミチコさんの作品をじっと見つめているお客様がいる。歩み寄って作品の解説をすると、中谷さんの作品は初見とのこと。驚いたことに、そのお客さんの胸元には中谷さんの作品とどこかイメージがシンクロするネックレスが輝いている。水をガラスで覆ったような不思議な物体。おもわず「それは何ですか」とお聞きすると、その方は「私がつくりました」。次の瞬間、私は思わず「いつか展覧会を開いてください」と言っていた。「涙ガラス」という名前でアクセサリーをつくっている松本裕子さんという方だった。今後の店舗のありようは不透明だが、そう言わずにはいられない造形だった。


12月15日(月) 晴

今日が『工芸青花』の原稿の締め切りなので、大西さんからお聞きした話のメモを参考に朝から仕上げにとりかかり、昼前に完了する。夕方、恵比寿のルノアールにて某誌企画の打ち合わせ。帰り際、「AFURI」の前を通った際に、中谷さんが「麺つゆ」を飲んで彫刻作品をつくっていた話を思い出す。


12月16日(火) 雨

午後、中目黒のスマイルズへ。財務経理部マネージャーの桑原さんと面会し、株式会社森岡書店設立後の経理をどうしていくのかの打ち合わせを行う。その後、八丁堀のプラグマタと書肆逆光に立ち寄り、ペドロスさんと鈴木学さんと会話をしたあと、程近いCawaii Bread & Coffeeに立ち寄る。原田さんに近況を伝えて、茅場町の店舗に戻る。


12月17日(水) 晴

13時、鈴木ビル内の事務所にて、大家の鈴木さんに「1冊の本を売る書店」の企画を説明する。すでにワインバーの申し込みが入っているが、その方は銀座にいくつかのレストランを経営していて、倉庫を兼ねた店舗をつくるらしい。自分が言うのも何だが、これは良い企画なのではないだろうか。経営的にも安定している。しかし、今回は是が非でもこちらの企画に賛同してもらわなくてはならない。まずは歴史的背景から話し始める。具体的な展示内容と売り上げ予想にも言及し、大家の鈴木さんからは概ね好意的な意見をいただく。来週月曜日に、誰が借りるかを決定することになった。


12月20日(土) 曇

営業終了後に、コシラエルのひがしちかさんが主催する忘年会へ。清澄白河のポートマンズカフェにて。この忘年会はクビーナの忘年会も兼ねている。今年展示会や企画でお世話になった小林エリカさん、前田ひさえさん、塩川いづみさんたちにお礼のご挨拶をし、来年にはあらたしい書店を開く計画があることを伝える。平山佳子さんによる、年の瀬のおめでたい唄と三味線を聴きながら、ビールを2杯。帰りがけに清洲橋を渡りたくなったので、清洲橋を歩いて人形町駅まで行く。橋の欄干から蛇行して流れる隅田川を眺める。


12月22日(月) 晴

今日から今年最後の展覧会になる植木智佳子さんの展覧会が始まった。午後、鈴木ビルを管理している不動産業者から電話が入る。ワインバーと自分とどちらにするか、大家の鈴木さんは迷ったが、結局、私になったとのこと。これでいよいよ本当に動き始めることになった。賃貸契約が可能になった旨を遠山さんに連絡する。こうなったからには、いくらでも現金がほしい。至急、ボヘミアンズ・ギルドの夏目滋さんに電話し、手持ちの対外宣伝誌を次回の明治古典会クリスマス大市で全て売却したいと伝える。自分にとっては大きな決断だが、迷いはない。植木さんに来年にはこの店がなくなり、銀座で新しい店を始めることを話す。


12月24日(水) 晴

午後、明記古典会クリスマス大市に出品する対外宣伝誌の数々を自宅の書棚からまとめて発送する。これで日本工房のあった鈴木ビルを借りるのだから、むしろ本望である。午後、ある方がご来店。茅場町の店舗を閉店するのは、大きな間違いだというアドバイスをいただく。何度試算してみても、自分を含めて3人分の人件費を捻出するのは不可能であることを伝えるが、そのあたりのことを詳しく分析してくださるというので、26日に会って今後を相談することになる。夜、エクスナレッジの赤澤さんがご来店。年明け早々に行う、近代建築の撮影の日程を調整する。自宅でクリスマスケーキをいただく。


12月25日(木) 曇

午前、今月の支払いを無事に済ませ、茅場町の長寿庵にて天せいろを注文する。午後、鈴木ビルの鈴木さんと面会し、今後の流れを以下のように決める。

■1月21日賃貸契約
■3月1日から1か月間フリーレント
■4月1日より家賃が発生
■5月の連休明けにオープン

夕方、スマイルズの三好さんと株式会社森岡書店の定款づくりをメールを通して行う。自分が行ってきたこれまでの仕事を分析してくださり、「第2条 当会社は、次の事業を営むことを目的とする。」として以下の内容をまとめる。

1. 書籍・雑誌その他印刷物及び電子出版物の企画、編集、制作、販売
2. 文房具・事務用品の企画、開発、販売
3. 日用品・雑貨の企画、開発、販売
4. 各種イベント・講演会・シンポジウム・セミナー等の企画、制作、運営
5. 各種マーケティングに関する業務、コンサルティング
6. 販売促進活動に関する企画、運営、コンサルティング
7. 通信販売業
8. 新商品の開発、企画、立案、販売、調査 の受託
9. アート作品のキュレーション
10. 店舗・オフィス・商業施設等の空間プロデュース業
11. 飲食店の経営
12. 前各号に附帯関連する一切の事業


12月26日(金) 晴

午前、東京古書会館にて対外宣伝誌の仕分けにとりかかる。夏目滋さんからアドバイスをもらいながら、高値が付きやすいように本をまとめて行く。午後、対外宣伝誌の売却価格が判明する。まさに予想した通りの額になる。営業後、ある方と今後の茅場町のあり方について相談を持つ。その方は、茅場町のこれまでと銀座の今後の可能性を高く評価してくださっていて、人件費は出せるはずなので、両方運営することを強く進めてくださる。自分の気持ちもかなり揺らぐ。このまま茅場町の店舗閉めるのは確かに惜しい……。年末年始で検討するとになった。


12月29日(月) 曇

すこし休みたいと思いながら、午前の新幹線で山形県寒河江市に帰省する。雪を見ると冬だと思う。


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森岡督行 yoshiyuki morioka

「森岡書店」主人。1974年山形県生れ。著書に『BOOKS ON JAPAN 1931-1972 日本の対外宣伝グラフ誌』(ビー・エヌ・エヌ新社)、『写真集 誰かに贈りたくなる108冊』(平凡社)、『荒野の古本屋』(晶文社)、『東京旧市街地を歩く』(エクスナレッジ)など。「青花の会」編集委員。
facebook:yoshiyuki.morioka.7


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