4月1日(水) 曇

午後、日本橋のフリーペーパー『ニホンバシーモ』の取材。大宮エリーさんと一緒に日本橋と常盤橋、日本銀行をめぐりながら対談。「『日本橋』の銘板の揮毫は徳川慶喜によるもので、竣工当時の東京市長、尾崎行雄が依頼した」という話などをしながら歩く。午後、takram design engineeringの渡邉康太郎さんとロゴマークの方向性について電話で相談。夜、丸の内線で後楽園へ。『東京旧市街地を歩く』に掲載する写真の最終的なセレクトをするため、デザイナーの新保慶太・美沙子夫妻と確認作業を行う。ご夫妻のご自宅の川口アパートメントの佇まいも素晴らしく、エントランスには「家の美が心の美をつくる」という川口松太郎の書が額装されて掲げてある。


4月2日(木) 晴

午前、オープン記念のトートバッグの打ち合わせのためT氏がご来店。スターバックスコーヒーに移動。珈琲を飲みながら、T氏は、もうそろそろつくり始めないと、5月5日のオープンには間に合わないという。しかし、肝心のロゴマークはまだ決まってなく、いまtakram design engineeringの渡邉康太郎さんと山口幸太郎さんが、細部をつめてくださっている。午後、cmykの上原さんから内装工事の見積もりをいただく。予想よりも40万円ほど高い。これでも十分安いと分かってはいるが……。茅場町の店舗をオープンした時、銀行残高は7万円だった。そのような事態は絶対に避けたい。夜、テーブルとカウンターの到着日を4月30日にすることを、福岡のKrankと札幌のUNPLUGGEDに連絡する。


4月3日(金) 曇

午後、編集者の榊原さんと後藤さんがご来店。なんと森岡書店銀座店開店までを密着取材してくださるとのこと。ありがたいかぎりです。スターバックスコーヒーに場所を移して今後のスケジュールについて話をする。明後日のtakram design engineeringでのロゴマーク発表から取材をしていただく。夜、cmykの上原さんと工期日程の確認。久しぶりに竹橋駅まで歩き、大手町の将門塚でお参りをする。


4月5日(日) 曇

午後、川口市のセンキヤで行われる山中とみこさんのトークイベントに参加するため電車で移動。東京駅から京浜東北線に乗車し、南浦和駅で武蔵野線に乗り換えて東川口駅で下車。そこからタクシーに乗ってセンキヤへ。センキヤに到着するとギャラリーで中村夏実さんたち3人が主宰するクロマニヨンの展覧会が行われていた。中村夏実さんにネイビーとグレーのストライプのストールを選んでいただく。せっかくだからこれを着けて登壇。開演前に山中とみこさんと打ち合わせ。その打ち合わせを丹念に聞いている人がいるかと思ったら、お米農家やまざきの山崎瑞弥さんだった。センキヤの2階では古本も販売していて、柳宗悦の『民藝40年』(岩波文庫)を求める。これまで、この本を一体何冊買ったことか。フリーエディターの江原礼子さんを交えて3人でトークを進める。江原礼子さんの軽妙な進行に助けられる。


4月6日(月) 曇

夜8時30分。表参道のtakram design engineeringへ。ロゴマークの発表。渡邉康太郎さんから部屋に通され、そこでお茶を点てていただく。岡倉天心『茶の本』を思い出す。渡邉さんに別室に通されると、ロゴマークがテーブルの上にあった。編集の榊原さんと後藤さんはすでに一部始終を記録している。住所に菱形。要素は同じだが、自分がイメージしたものとは少し違う。しばし時間が流れる。歩いたりする。デザイナーの山口幸太郎さんは静かに立っている。同席した吉田知哉さんは、「これはいいですよ」。トートバッグに印刷した様子と店舗のガラスに記された光景を思い浮かべる。もう1時間以上経っていた。渡邉さん山口さんと握手を交わしお礼を述べる。「すべての場合に心の平静を保たねばならぬ、そして談話は周囲の調和を決して乱さないように行なわなければならぬ。着物の格好や色彩、身体の均衡や歩行の様子などすべてが芸術的人格の表現でなければならぬ。これらの事がらは軽視することのできないものであった。というのは、人はおのれを美しくして初めて美に近づく権利が生まれるのであるから。かようにして宗匠たちはただの芸術家以上のものすなわち芸術そのものとなろうと努めた」『茶の本』の一節を思い出しながら表参道を原宿駅にむかって歩く。


4月7日(火) 雨

午前、ロゴマークが決まったことを受けて早急にトートバッグの作成にとりかかる。ロゴマークのデータをT氏に転送しレイアウトを組んでいただく。午後、早速にT氏がご来店。あらかじめ見せてもらっていたサンプルのなかから、一つのかたちを選ぶ。400枚発注。これでトートバッグのめどが何とか立った。帰宅の際に再び将門塚でお参りをする。


4月8日(水) 雨

午後、スマイルズにて、これまでに使ったお金の清算をする。請求書や領収書の確認。帰り際に「DIGAWEL」に立ち寄りシャンブレーのシャツを求める。夕方、沖潤子さんと電話で搬入の打ち合わせを行う。


4月12日(日) 晴

11時、いよいよ鈴木ビルの看板と柱のモルタル剥がしに取り掛かる。まずは半円形の看板から。飛松さんと小駒さん、それから飛松さんの大学時代の友人で陶芸家の藤村さんが駆けつけてくださる。脚立を外壁に掛け、飛松さんが電動ドリルでネジを抜いていく。私は落ちないように固定している。飛松さんが意外に簡単に外れると言う。順調に作業は進み、看板を下に降ろす。それを藤村さんが支えてくださる。看板が意外に軽いと藤村さんが言う。ところが、看板を外して出てきたのは、一面のモルタル。レンガの破損ではなく、モルタルがレンガに張り付いている。これは想定外。「レンガが破損をしている」と不動産屋の小山氏からは説明があった。その復元を飛松さんにお願いするつもりだったのだが……。急遽作戦変更を強いられる。榊原さん、後藤さんも合流。とにかく、モルタルを剥がさなければならない、ということで、飛松さんと小駒さんが、豊洲のビバホームまで工具を買いに行ってくださることになった。その間、自分と藤村さんは、ドライバーで、側面の柱に付着したモルタルを剥がす。スクラッチ状のレンガなので、溝の奥までモルタルが入り込んでいる。ドライバーの上部をハンマーで叩いて、少しずつモルタルを剥がしていくが、一筋縄ではいかない。これは時間がかかる。飛松さん小駒さんがタガネを買ってきてくれた。いかにも強靭で、叩けば、すぐにモルタルが剥がれ落ちそうな形に期待がふくらむが、いざ叩いてみると、接地面が広く、力が分散する。ドライバーの方がむしろよく剥がせる。自分と飛松さんが脚立に登って、看板裏のモルタルを剥がし、小駒さんと藤村さんが柱のモルタルを剥がす。13時に休憩。近所のセブンイレブンでカレーを求めて路上でいただく。看板裏よりも柱のモルタルを優先することにし、4人がかりで柱のモルタルを叩く。騒音のクレームが入るといけないので夕方5時で作業を終了する。柱のモルタルは30パーセントほど剥がせたが、看板裏はほとんどが残っている。半円形の看板を鈴木ビル地下の田中英樹さんの事務所で預かってもらう。


4月13日(月) 雨

午前、飛松さんとメールで相談。電動タガネを導入する案を検討するが、時間的なことと、レンガの損傷を考えて、半円状の看板は一旦戻すことを決める。あせらずにいった方が良い結果につながることが多いだろう。「柱さえやりきればかなり違ってくる」と飛松さんからアドバイスをいただく。すぐにでもレンガの深い凹みに付着したモルタル剥がしに行きたいところだが、目の前にマンションがあり、平日は騒音が問題になる。


4月16日(木) 曇

午後、恵比寿ガーデンプレイスで行われる株式会社スマイルズの経営計画発表会に参加する。スマイルズが今年行う様々な事業についての説明。その中で「1冊の本を売る書店」としての森岡書店も紹介していただく。DOTPLACE編集部の方々も取材に入っていて、遠山さんと自分の写真を撮ってくださる。夕方、日本橋の某社にて打ち合わせ。来年に完成するショッピングモールでの本の展開について。帰りに茅場町の長寿庵でせいろを一枚いただく。


4月18日(土) 晴

営業前に鈴木ビルに行き、柱のモルタル剥がしを行う。だんだんコツもつかめてきて、一心不乱にモルタルに向きあう。次々に剥がれていく感触が心地よかったりもする。夜、cmykの吉里さんと相談し、自力でペンキを塗ることは時間的に難しくなってきたので、業者に発注することを決める。


4月19日(日) 曇

午前、モルタル剥がしの続き。順調に剥がれていく。お昼に飛松さんと小駒さんが合流。三人で交代して作業を続ける。途中で水をかけてみようという案が立ち上がり、ペットボトルに水を汲んできてモルタルにかけながら作業をすると、さらに効率が上がった。粉塵も少なくなった。16時頃終了。全体の80%くらいを叩き落とした。


4月21日(火) 曇

午後、グラフィック社の笠井良子さんがご来店。近所のスターバックスに移動して銀座の店舗で行う本の企画の打ち合わせ。笠井さんは「民芸の教科書」シリーズの編集者。同シリーズの展覧会が可能かどうかの相談。夜、今後休みを取る機会はほとんどないだろうから、5月1日、2日に、家族で奈良に旅行にいくことにする。その手続きを近畿日本ツーリストのサイトで行う。宿泊は奈良ホテル。以前から一度泊まってみたかったので嬉しい。


4月22日(水) 曇

午前、朝日新聞「&」編集部の取材を受ける。今回は、「1冊の本を売る書店」のことではなく、普段自分が使っている洋服や帽子などについて。グレン・ロイヤルの手帳やNarifuriの帽子、先日求めたクロマニヨンのストールなどについて普段どのように使っているか話をさせていただく。営業終了後、銀座の店舗に行き、瓦礫をまとめたビニール袋をゴミ出しする。帰り際に鈴木ビル近所にある「流石 琳」で「卵とじうどん」をいただく。


4月26日(日) 晴

昼、鈴木ビルにて柱のモルタル剥がし。飛松さんと小駒さんもきてくださっている。いつも、ありがとうございます。手慣れてきて、順調に作業が進む。15時頃にすべてのモルタルを叩き落とす。快哉を叫びながら道路に仰向けになって横たわる。飛松さんがアドバイスしてくれた通り、柱のモルタルを取り払うだけでビルの雰囲気が違う。竣工当時の有り様が蘇ったようだ。


4月27日(月) 晴

午後、清澄白河へ。ドイツ人のアンドレアスさんのお宅でCoci la elleの撮影が行われていて、モデル役のアーティストのフクシマミキさんに会いに行く。フクシマミキさんがご自宅でかつて使っていた黒電話を譲り受ける。アンドレアスさん、Coci la elleのちかさんや山食堂の矢沢さんに挨拶をする。


4月28日(火) 曇

午後、電気工事を行い、天井に照明を設置する。電話線も開通し、昨日フクシマさんから預かった黒電話を設置する。設置の際のアジャスターの交換は堤純一さんが行ってくださった。新しい番号にかけると、ジリリリリという懐かしい音が店内に響く。


4月29日(水) 曇

午前、ようやくペンキの塗装が始まる。業者の方が3人がかりで、アイボリーのペンキを壁に塗る。店舗正面のガラスも入り、どんどんお店としての形が整ってきた。午後、有楽町のビックカメラへ行き、レジ用にiPadを求める。


4月30日(木) 晴

朝、銀座の店舗へ。ガラスも入ってだいぶ店らしくなってきた。塗装業者が塗装の続きを始める。何時までかかりますか? と聞いてみると、夕方まではかかるという返事。これはちょっとまずいのではないだろうか。これから什器がトラックで運ばれてくる手はずになっている。これでは受け取れない。対策を考える。明日、明後日は奈良なので5月3日の再配達をお願いするが、その日は、予定がいっぱいで難しいという。5月4日なら大丈夫とのこと。5日がオープンだから不安があるが何とかするしかない。


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森岡督行 yoshiyuki morioka

「森岡書店」主人。1974年山形県生れ。著書に『BOOKS ON JAPAN 1931-1972 日本の対外宣伝グラフ誌』(ビー・エヌ・エヌ新社)、『写真集 誰かに贈りたくなる108冊』(平凡社)、『荒野の古本屋』(晶文社)、『東京旧市街地を歩く』(エクスナレッジ)など。「青花の会」編集委員。
facebook:yoshiyuki.morioka.7


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