ふだん店で使っているスピーカーは、"sonihouse"という名義で活動をしている鶴林万平さんが作ってくれたものです。ごく当たり前の姿をした、小さな箱型のスピーカーですが、音量を大きくせずとも音源に含まれた様々な音・声がそれぞれに立ち上がり、語りかけてくれるバランスの良さがあり、聞いているこちらが音圧に疲れない。ふだん鶴林さんはスピーカーを製作するだけでなく、音と人、音と人と人の関係性について思いを深め、奈良の町なかにある自宅兼工房兼スタジオにおいて、「家宴」と題した、演奏会と演奏会の後に演者も含めて食卓を囲む試みを行ったりもしています。彼の仕事を知ったのは、2013年にYCAM(山口情報芸術センター)で行われたインスタレーション『フォレスト・シンフォニー 坂本龍一+YCAM InterLab』でのことでした。コンセプト自体は藤枝守による『植物文様』(第4回参照)と共通するものであり、そう目新しいものではありませんが、その空間を実現するために用いられている技術としてのスピーカーこそが面白く、まさに「工芸的」な音の広がりがある。そこで、本作にヴィジュアルディレクションとして参加していた旧知の高谷史郎さんにスピーカーの作者を紹介してもらいました。この作品で用いられ、YCAMのホワイエに多数吊り下げられていたのが、鶴林さんが作る正十二面体の無指向性スピーカー"scenery"だったのです。

硝子を隔て、ホワイエ横の中庭にある木々から刻々と得られる電位変動がごく微細な音に変わり、"scenery"を通じ、ホワイエの空間を満たしている。そしてまた、満たされた音の粒は、無指向性だからといって、均一なわけではない。目には見えないけれど空間の中に響きの源があり、濃淡があることを僕らは感じることができ、空間を自由に歩けば、その源に近づいたり遠のいたりすることもできる。外の木々がそのまま移しかえられたような、音の森を歩いている心持ちになってしまう。そしてただ立ち尽くし、耳を澄ませているうちにわかったこと。それは、音が鳴っているのではなく、スピーカーが鳴っているのでもない、ということでした。

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