まずは羊に会わなくては。マサチューセッツ州西部のシェルバーンという小さな田舎町に、夫と牧場をいとなむバーバラ(バーブ)・パリーという女性がいる。スプリングデール・ファームという牧場で、生産して染め上げた毛糸を「フォックスファイア・ファイバーズ・アンド・デザインズ」の名で直接販売している。いわゆる小規模なファーム・ヤーンだ。

彼女はもともと、羊飼いとは関係のない世界に暮らしていた。私立学校の国語教師だったころ、同僚のひとりが、ファイバークラフトに情熱を傾け、自ら羊を飼っていた。その同僚から、不在時の羊の世話を引き受けたことが、きっかけだった。時折、穏やかなこのもこもこした生き物の世話をし、その飼い主の暮らしかた――教師の仕事と動物の世話という忙しい生活をこなしながら、その合間に手しごとの時間も楽しむという健やかなバイタリティ――をそば近く眺めるうちに、羊のいる暮らしと、ファイバーアートの持つ魅力に、惹かれるようになっていく。

子供の手が離れ、教師の職からも退いて時間に余裕ができた1997年、それまでの世話のお礼にと、同僚から2頭の子羊を貰い受ける。夫と話し合い、すでに予定していた広い土地へ引っ越す計画に、羊との暮らしを付け加えることになった。そして、220エーカー(約8.9ヘクタール)の土地を手に入れる。松や白樺の茂る森や林があり、なだらかな草原の丘が広がる、もともとファームとしても使われていた理想的な場所だった。2000年のことだ。

すっきり晴れ上がったその日、最初に目に入ったのは、草原を闊歩する茶色のラマだった。その向こうに数十頭の羊たちが日陰に集まってじっとしている。後れ毛のふわふわ揺れる金髪を結い上げ、ノースリーブのブルーのワンピースに身を包んだ女性が現れた。「おまたせしてごめんなさい、汗をかいてしまったので作業服から着替えてきたの」。彼女のたたずまいは羊飼いというにはずいぶんこざっぱりとして、バカンスの装いのようだった。

羊というのは、もともと臆病な生き物で、人間が近づくと逃げようとするらしいのだが、バーブが最初に紹介してくれた5・6頭の群れは、生まれたときに親に見捨てられてしまったために、彼女が母がわりとなって育てた羊たちだった。だから人間に対する警戒心が少なく、私たちが傍に寄ってもリラックスしているのだ。

その羊の小さな群れと一緒に、薄いグレーの毛並みのラマがいる。羊の倍ほども背が高く、落ち着き払っている。牧羊犬ならぬ牧羊ラマ、名前はクラッカージャックだ。羊の面倒を驚くほどよく見てくれるのだという。

牧草の管理は、羊飼いの重要な仕事だ。夏の間に草刈りをして、冬のための十分な干し草を確保しなくてはならない。干ばつや雨の多い年、いつもより牧草の確保が難しい場合にも、常に自給自足できるように、バーブは羊の頭数自体を調整した。その結果、以前は100頭近くいた羊が、このときには60頭となっていた。彼女の牧場では、羊の毛を傷めるような雑草は、見つけ次第こまめに取り除かれる。牧場を始めて以来戦いつづけてきた雑草を、最近ようやくコントロールできるようになったという。草刈り時期、子羊が生まれる時期など、繁忙期には人手を雇うが、普段この羊たちの世話をするのは、彼女と夫のマイクのふたり、あとはクラッカージャックのヘルプのみだ。

羊舎の近くにはファームハウスと、糸の染色スタジオとなったガレージがある。バーブはこのスタジオで、自分の羊からとれたウールを必要に応じて自分でも染める。灰色に日焼けしたハウスの木製のテラスの一角に掛かるのは、ナイロン製の「シープコート」だ。泥や植物の棘などから羊毛を守るため、バーブの羊たちは、暑い夏が終わるとオーストラリアやコロラドからわざわざ取り寄せたこのコートを着る。羊1頭当たり3枚準備し、念入りにサイズを確認しながら着せる。サイズが合っていないものを適当に着せると、あちこちに引っかかったりして危ないし、小さすぎると羊が苦しいからだ。穴が開けばきちんと繕う。「あまりに細かい手間がかかるから、コートを着せる羊飼いは多くない。でもそうして守ったウールの品質が素晴らしいことがわかっている以上、自分としては着せないわけにはいかないの」とバーブは言う。彼女はよいウールを得るためにできることはすべてする。ここの羊は筋金入りの箱入り羊たちだ、と感じ入る。

恭しくシープコートをまとったバーブの羊は、羊の毛のグレードで「ファイン・ウール」に属するものだ。敏感な首の周りに巻き付けても、ちくちくしない品質。ファイン・ウールで有名なのはメリノ種だが、彼女の羊はメリノ種に勝るとも劣らない品質を持つタスマニア原産の羊、コルモ種だ。羊には毛用種、肉用種、両用種がいて、ごわごわとがさついた荒すぎるウールは、手編み用の毛糸には使えない。コルモ種はサキソンメリノとコリデール種の交配種で、1960年代に生まれた比較的新しいブリードの羊だ。羊毛の太さは17−23ミクロンと、メリノとほぼ互角の品質なのに、まだ頭数が少ないこの羊には、ぜひ会いたかった。メリノは角のある、顔まで羊毛に埋もれたような貫録のある外見の羊だが、コルモは角がなく、白い羊毛の小柄な羊だ。




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鳥古繰子 Tricoquelicot

ニットライター。多摩美術大学芸術学科卒業。外資系企業、国内手芸企業勤務を経て独立。『Peacework』や『Knitscene』など、アメリカの手芸雑誌でレポーターを務める。『毛糸だま』(日本ヴォーグ社)で海外の毛糸に関するコラムを連載中。
twitter:@tricoquelicot


1 はじまり 201605

2 バーブと羊たち 201606

3 シープ・シェア 201607

4 捨てられていたウール 201608

5 羊毛を糸にする 201609

6 染色工場 201610

7 染色工場2 201611

8 インディーダイヤー 201612

9 インディーダイヤー2 201701

10 ベロッコ社へ 201702

11 ノラ・ゴーンと 201703

12 ウェブのおかげ 201704

13 ニューヨークへ 201705

14 八布テキスタイル 201706

15 一緒に編む 201708

16 ラベリー1 201709

17 ラベリー2 201710

18 ハンナ・Fと 201711

19 パム・アレンと 201712

20 パム・アレンと2 201801

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