現在のアメリカでは、全家畜中に羊が占める割合は0.2%にも満たない。羊の頭数は、戦後ずっと減少してきた。だがUSDA(米国農務省)のデータは、近年の羊農家の興味深い変化を教えてくれる。ここ20年ばかり、大規模なファームが減り続けている一方で、頭数が100頭以下のごく小さなファームは増加傾向にある。北東部のニューイングランド地方でも、頭数、ウール生産ともに伸びが見える。グリーン・マウンテン・スピナリーは、同地方のバーモント州南西部の端、プットニーにある。

ここは、1981年に協同組合型の事業体として4人のメンバーが設立した、ごく小規模なスピナリー(紡績所)だ。協同組合型とは、オーナーがそのまま労働者でもあり、出資、経営、そして実際の運営をすべて自分たちで行うやり方だ。

「我々がここを始めたころ、このあたりの人たちは刈り取ったウールをほとんど捨てていたんだ。彼らは羊を、肉用か繁殖用に飼っていたんだよ。農家にウールを引き取りに行くと、驚きの目でみられたものだったよ。これを利用して、そこから何か美しいものをつくろうとしている人間がいるなんて信じられない、というふうに」

経営者のひとり、デヴィッド・リッチーが教えてくれた。

「我々はウールを持ち帰り、洗浄して徹底的に選び抜いた。やがて少しずつ、努力に見合うようなクオリティのものを作り出せるようになった。それからまもなく、毛を捨てていた羊農家自身が、このウールに思っていたより価値があるんじゃないかと気づき始めたんだ」

彼らは地元のコミュニティにローンを申し込み、昔の紡績機械を手に入れた。そしてハイウェイ脇の、かつてはガソリンスタンドだった建物に運び入れ、地域の農家をサポートし、地元のファイバーアーティストのためにウール製品を生産するという目的で、操業を開始した。当時は「全米で一番小さなヤーンメーカー」と呼ばれたという。

この小さな紡績所には、現在も羊農家が羊毛を直接持ち込むことができる。それをどのくらいのウェイト(太さ)の糸にするのか、ほかのファイバーとブレンドするのか、プライ(糸の撚りあわせ)は幾つにするのか、一つひとつ相談して、望み通りの糸を創りだす手助けをしてもらえる。皮脂で脂っこい羊毛を清潔に洗浄したウールの塊にしてもらうことも、そこからさらにカーディング(房をほぐして繊維を整える加工)した状態の「バット」にしてもらうこともできる。つまり、刈りたての原毛を毛糸にするまでの、さまざまな段階の加工を依頼することができるのだ。

羊数頭分のわずかな分量のウールを洗浄するところから引き受けてくれるのは、小回りの利く小規模なスピナリーならではの良さだ。大手のスピナリーは、すっかり準備の整った清潔なファイバーの紡績のみを、しかも一定規模以上の分量でしか請け負わないところがほとんどだ。ビールの世界で小規模な醸造所が生まれ、マイクロブルワリーと呼ばれたように、編みものの世界では、小中規模農家と個人を対象にしたマイクロスピナリーがいくつかある。そのひとつとして創業30年以上が経った今も細やかな運営を続けているこのスピナリーは、買い上げたウールから100パーセント・アメリカン・メイドの毛糸を紡績し、オリジナル糸として販売もしている。

グリーン・マウンテン・スピナリーの名前をとりわけ有名にしたのは、「可能な限り環境に負荷をかけない」という姿勢だ。羊毛の加工には、通常さまざまな薬品が使用される。羊毛の洗浄には石油系洗剤が使われ、牧草などの植物性夾雑物を除去するために希硫酸が使われる。機械を通す前には静電気予防にオイル液を吹き付けなくてはならないし、場合によっては染色加工に備えて漂白処理も行われ、防縮加工として塩素による酸化や樹脂による被覆が行われることもある。そういった処理に必要な化学薬品を、このスピナリーではいっさい使用しない。自然な石鹸と湯で洗浄し、酸を用いる加工は行わない。処理に必要となる大量の水は、浄化システムを通して再利用される。羊毛繊維への加工が最低限で済むように、その過程が環境に与える影響を最小限にとどめるように取り扱われる。結果として、本来の色を抜き取ってつるりと均質化されたウールではなく、本来の素材感と色を残した「羊に近い糸」が生産されることになる。ウール以外の素材が糸にブレンドされることはあるが、どれも自然素材だ。

この羊毛加工のプロセス「グリーンスパン」は、バーモント州オーガニック農業認定団体(NOFA-Vermont)の監査を経て、オーガニック認証を得ている。だから今では、近所の農家のみならず、アメリカの反対側のカリフォルニアからも、わざわざここに紡績を依頼する農家や糸メーカーがある。




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