目の前には、幅2メートル強、縦1メートル強、そして深さは1.3メートルという、小さなプールぐらいの大きさのステンレスの容器があった。ここにある5つの染色タンクのうち、最大のタンクで、180キロもの糸を一度に染めることができるという。2トンまで耐える大きな鉤や、もう少し小さい鉤でヤーンキャリアを移動させる。ヤーンキャリアは四角い大きなステンレス製の容器で、金属棒を何本も渡してかせ糸が掛けられるようになっている。かせ糸を並べて吊るした状態で、キャリアごと持ち上げ、染色タンクに蓋をするように降ろして、糸を染色液に沈めるのだ。

タンクの水に、まずPHを調整するための酢酸を加え、次いで染料を加える。数分間撹拌してから、キャリアを沈める。染色温度は染料と染める素材の組み合わせで変わり、ウールを酸性染料で染める場合は大体85度から100度の間、コットンの場合は60度から80度程度だ。ウールの場合は、色を吸収する最初の15分程度の間、温度を100度前後に保ち、いったん糸をタンクから取り出し、染色液を排出する。そしてタンクに新たに水を張り、再度キャリアを沈める。これは色を定着させ、余分な染料を落とすためのリンス作業のようなものだ。ウールならこれらの工程全体で2時間、コットンなら4時間はかかる。キャリア上部に結びつけたサンプル糸を時々取り出して、染色具合と色を確認し、色調整のための液を追加することもある。染色済みの糸はキャリアから取り外し、脱水器にかけて水分を飛ばす。その後、かせを木製の竿にかけなおして干して、染色工程は一段落する。糸の乾燥には、1日から3日ほどかかる。

染色作業は、大量の糸をポールや竿に通したり外したりという作業の繰り返しだ。染色液をたっぷり含んだ糸は重い。全体の引き上げには機械を使うにしても、結構な力仕事である。隣には糸を乾燥させ保管するための小さめの体育館ほどのスペースがある。ひとの背よりすこし高い矩形のラックに、ねじられていない長さ約70センチのかせ糸がたっぷり下がった竿が上下2段、数十本ずつ渡してある。その大量の糸の林の間を、うっとり眺めて歩く。糸のまとまりごとに、依頼元のメーカーと糸の名前、ロット番号の札がかけられている。糸はまだ出番待ちで楽屋にいる面持ちだ。

脇には糸を加工する機械が並ぶ。刺繍糸サイズの小さなかせにラベルをつける機械、手編み用の糸をコーン巻きからかせにする巨大なかせくり器。完成品の倉庫スペースには、ねじりあげたかせの形に仕上げられた糸が、メーカーごとに段ボール箱に収まっている。ここではもうカラフルな製品の顔になっている。倉庫スペース脇の作業台の上に、かせ糸をねじりあげる機械が備え付けられている。木製の平箱から出たL字型の金属棒にかせ糸をひっかけて、反対側を手前に持ってスイッチを入れると、金属棒が高速で回転して一瞬でねじりあげられ、ちょうどいいところで自動的に止まる。ダンに「やってみる?」と言われてやってみるが、なかなかきれいなねじり目にならない。均一にうまくねじれたら、その状態をくずさないよう糸端をL字から外して手元の糸端とあわせてまとめ、ヤーンショップで見かけるような、きれいにねじられたかせにする。グリーン・マウンテン・スピナリーではこの作業はすっかり人力だったが、どちらにせよ人の手で一つひとつ整えているということをいまさらながら知る。

サコ・リバー・ダイハウスは、ここを訪れた2013年から現在まで、全米で唯一、GOTS(オーガニック・テキスタイルの世界基準)の認証を受けた染色工場でもある。環境負荷の低い染料を使用しており、糸の保管方法から作業員の勤務状況に至るまで、GOTS基準にかなうオペレーションだということだ。さらに染色工程に必要な水と電力を最大40パーセントまで減らせる「パッケージ・ダイイング」という染色機器を購入するため、クラウド・ファンディングを利用して資金を募った。この機器があれば、染色工程の環境負荷を減らせるだけでなく、コーン巻きの糸をそのままの形で染色することも可能になる。資金は当初の目標を超えて集まった。

我々が訪れたときに入り口にあったヤーンショップは、その後なくなった。ダイハウスとしての機能に、より資本もエネルギーも集中するため、そして彼らのクライアントと、糸を販売するというビジネスの形で対抗することがないように、というクラウディアの決断だ。「ここにきたとき、私たちは大歓迎された。町の誰と話をしても、我々が繊維事業をここにまた連れてこようとしているのだと知ると、とても喜んだの。この古い工場は、長い、長い間、この地のコミュニティにとって、心のよりどころのようなものだったんだと思う」

2016年秋に発表になった、ブルックリン・ツイード社の新しい糸、Arborも、このダイハウスで染められている。始まったばかりのこの染色工場は、編み物界の先端で、すでに引く手あまたのようだ。







ウールの王様メリノ種の羊は、中世のスペインで生まれ、その後世界各地で交配、改良されてきた。今回紹介するのはスペインの糸メーカー・dLana*社の糸。原種のメリノから作り出されたものだ。数年前、スペイン・メリノの危機的状況を知ったハビエルとエステルのふたりは、残っている生産工場や職人を訪ね、原種のメリノを保護し、そのウールの価値を伝えるために動き出した。そして、ローカル・メリノのみを用いた、ふわりと弾力のある高品質な糸が誕生し、彼らは dLana*社を創立した。この12月1日でちょうど1年。生産量は多くはない。

加工した柔らかさと異なる、古風なメリノウールの肌触りと柔らかさを、dLana*の糸は伝えてくれる。その色は白いメリノウールと、貴重なブラックメリノの焦茶を混ぜ合わせた、自然な羊の色だ。今回は、素朴な風合いの Rustic Wool ( Bobbins / Sock ) と、血統登録のあるメリノのウールのみを使用し、加工を一工程増やして柔らかさを増した Certified Local Merino を御紹介する。いずれも、撚られていないウールの細いスレッドを2本、3本と束ねてゆるやかにねじった独特の構造。ふっくらと空気を含んだ作りで、スペインの伝統的な糸の製法だという。Rustic Wool Bobbins の見慣れない細長いかたちは、歴史ある生産地の伝統によっている。Rustic Wool Sock は通常50g巻だが、特別に100gのかせを作ってもらった。Sock のみシングルプライ。



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鳥古繰子 Tricoquelicot

ニットライター。多摩美術大学芸術学科卒業。外資系企業、国内手芸企業勤務を経て独立。『Peacework』や『Knitscene』など、アメリカの手芸雑誌でレポーターを務める。『毛糸だま』(日本ヴォーグ社)で海外の毛糸に関するコラムを連載中。
twitter:@tricoquelicot


1 はじまり 201605

2 バーブと羊たち 201606

3 シープ・シェア 201607

4 捨てられていたウール 201608

5 羊毛を糸にする 201609

6 染色工場 201610

7 染色工場2 201611

8 インディーダイヤー 201612

9 インディーダイヤー2 201701

10 ベロッコ社へ 201702

11 ノラ・ゴーンと 201703

12 ウェブのおかげ 201704

13 ニューヨークへ 201705

14 八布テキスタイル 201706

15 一緒に編む 201708

16 ラベリー1 201709

17 ラベリー2 201710

18 ハンナ・Fと 201711

19 パム・アレンと 201712

20 パム・アレンと2 201801

21 クララと 201802

22 クララと 2 201803

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