現在の編みもの界の状況をどのように見ているのか、ベロッコ社のディレクター、デザイナーのノラ・ゴーンに語ってもらった。

「今はウェブ上にたくさんの情報があって、アクセスがとても簡単になった。以前なら、マスマーケットには合わないからと雑誌に好まれなかったようなものも、今ではそのニッチな顧客層を直接見つけることができる。私のデザインにも、一部の人にしか受け入れられないようなものもあるけれど、それでも作って売ることができる。たくさんのデザイナーが出てきているのも、良いことだと思う」

「ラベリーによって、どんな体型の人が身に着けていて、どう見えるのかがわかるようになったことも、大事なこと。ラベリーが人気を得た理由のひとつかもしれない。通常、ブックに掲載するモデルのサイズは4号(日本サイズM程度)なんだけど、ここしばらく14号(日本サイズ3L程度)のモデルにも入ってもらって、両方のサイズのモデルを見ることができるようにしている。評判は上々よ」

「ラベリーでは、自分でいくらかデザインしてみることに抵抗のないニッターが多いけど、地元のショップだけで糸を買って、パターン通りに厳密に編もうとする人たちもいる。自分は、どちらかといえば編む人にとって正しい形にパターンを変更できる考え方が好みね。何があなたにとって必要で正しいものなのか、わかるのはあなただけだから」

「自分自身は、ただ真剣にやること、ベストを尽くすことを目指しているし、それがとても好きなの。自分のデザインや選んだ糸にみんなが気づいてくれて、好きだと思ってくれて、実際に編んでもらえるとすごく嬉しいわね」

「今の状況をポジティブに考えている。たとえば世界の反対側から来たあなたが、私が何者なのかを知っているのは、インターネットのおかげだし、そんなふうに世界に到達できるのは素晴らしいことでしょう?」

ベロッコ社のオフィスのオープンで穏やかな雰囲気は、ニッターたちがおしゃべりしながら編みものをするような、カジュアルな集まりにすこし似ていた。各自がやるべきことに静かに集中しているのだが、互いに声を掛けあえる雰囲気。ノラのような人がボスだから、そのようなうちとけた空気が生まれるのだろうと感じた。

(我々がベロッコ社を訪れた2013年に同社のデザインディレクターだったノラは、翌14年の春、9年間務めた職を辞し、改めてインディペンデントのデザイナーとなる。そして同年秋、今度は北米で最も注目を集めているデザインユニット&糸メーカーである「ブルックリン・ツイード/BT」のハウスデザイナーの一人となって、ニット界を驚かせた。以後BTのコレクションから、シーズンごとに斬新なデザインを発表し続けている。さらにこの冬には、満を持して2冊目の大著である『Norah Gaughan's Knitted Cable Sourcebook──ノラ・ゴーンのケーブル柄模様集』を出版し、その精緻なデザイン性の高さが大きな話題になった)

ベロッコには、ウールやシルクのような自然素材から、最新のアクリルやレーヨンなどの化学繊維まで、さまざまな繊維がミックスされた幅広い糸のコレクションがある。彼らの糸ラインナップを見渡してみると、化学繊維の良さを生かして作られた糸が案外多いことに気付く。58種類の糸のうち、半分がスーパーウォッシュ、つまり洗濯機で洗える糸だ(2014年4月当時)。たとえば、ロングセラーで一番人気の「コンフォート」は、スーパーファインアクリルとスーパーファインナイロンのミックス。価格はアクリルの大量生産糸ほど安くはないが、一般的なハンドダイドヤーンに比べると半額以下だ。

糸の素材には、それぞれの利点と欠点がある。たとえばウールは湿潤性が高く、重量の30パーセントまで水分を含んでも冷たくならない。もともと水分を含んでいるので、化学繊維ほど静電気が起こらない。しわにならず、伸縮性が高く、保温力があり、化学繊維と違って燃えにくい。けれど、そのぶん手入れには手間がかかる。防縮加工がされている場合を除けば、100パーセントナチュラルなウールのセーターは、洗濯機に放り込んで洗うわけにはいかない。濡れた繊維表面のスケール(鱗)がひらき、こすり合わされて絡まり、フェルト化してしまうからだ。一方、新しい素材の振る舞いは、昔からの素材とは違う。繊細な素材もあるけれど、洗濯機で気楽に洗えて乾きやすい、丈夫で扱いやすい素材が多い。比較的手入れのしやすい現代的な糸が、触り心地もよく魅力的な色合いや風合いをもっていたら、使ってみたくなる。そういうところに、ベロッコ社が提供する糸の人気があるのかもしれない。

羊に近い、素朴な糸がふさわしいプロジェクトもあれば、様々な素材のミックスで洗練された糸で編みたいプロジェクトもある。汚れやすい子供の衣類なら洗いやすい素材で編むほうがずっと実用的だし、ベビー用のアイテムは手入れしやすく肌触りのいい糸を選びたい。ハンドダイヤーの染めた美しい糸で、靴下や複雑なショールを丁寧に編むのもいい。編みたいものと糸の組み合わせはさまざまで、それを考えるだけで時間はいくらでも過ぎる。

アメリカに集まってくる糸のなかには、数は少ないが日本からやってきたものもある。そのなかには、この編みものブームのなかで北米のニッターたちの間でめきめきと知名度を上げながら、最近までほとんど日本で知られていなかった、すこしばかり独特な糸がある。わたしたちはその糸を求めて、ニューヨーク、マンハッタンに向かうことにした。




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鳥古繰子 Tricoquelicot

ニットライター。多摩美術大学芸術学科卒業。外資系企業、国内手芸企業勤務を経て独立。『Peacework』や『Knitscene』など、アメリカの手芸雑誌でレポーターを務める。『毛糸だま』(日本ヴォーグ社)で海外の毛糸に関するコラムを連載中。
twitter:@tricoquelicot


1 はじまり 201605

2 バーブと羊たち 201606

3 シープ・シェア 201607

4 捨てられていたウール 201608

5 羊毛を糸にする 201609

6 染色工場 201610

7 染色工場2 201611

8 インディーダイヤー 201612

9 インディーダイヤー2 201701

10 ベロッコ社へ 201702

11 ノラ・ゴーンと 201703

12 ウェブのおかげ 201704

13 ニューヨークへ 201705

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