かつてニットデザイナーにとって、作品発表の場は主に編みもの雑誌だった。けれども編みものの世界がウェブ上に広がるにつれて、オンラインでデザインを発表するというやり方が生まれた。ブログやラベリーのようなプラットフォームを使ってデザインをアップロードすれば、ほかのニッターにすぐに知ってもらえるようになったのだ。メイン州ポートランドを訪れたとき、そんな新世代のデザイナーのひとり、ハンナ・フェティグと会った。海外のパターンを編みなれているニッターには「フェザーウェイト・カーディガン」のデザイナーといえばピンとくるだろう。

ハンナはもともとウェディング・カメラマンだった。しかし仕事のストレスから、生活のペースを変えることを考える。カメラマンの仕事を減らし、地元のヤーンショップで働きはじめたのが2005年のこと。そこで多くのニッターと同じように、子供時代の記憶がよみがえる──編みものの手触りと、その際限ない楽しさ。

ヤーンショップで働きながら、ハンナはニットデザインもはじめた。勤め先のヤーンショップの向かいには、当時開業してまもない糸メーカー「ザ・ファイバー・カンパニー(TFC)」があった。やがてハンナは同社にシンプルなデザインを提供するようになる。そしてある夏、糸のトレードショウでのこと。TFCのブースに飾られたハンナのサンプルニットを見た出版社のエディターが、彼女に本の出版話を持ちかけた。最初は冗談と思ったハンナだったが、その後数カ月かけて説得される。そして最初の本『クロースリー・ニット』(2008年)が生まれた。大切な人々へのギフトとしての編みもの、というコンセプトの本だ。そしてさらなるターニングポイントは、同年『インターウィーブ・ニッツ』誌の当時の編集長ウーニー・ジェンからアプローチを受けたことだ。その翌年の春号に発表されたのがハンナの代表作のひとつとなったデザイン「ウィスパー・カーディガン」だった。

ハンナと会ったのは、糸メーカー「クインス・アンド・カンパニー」のオフィスだった。彼女はそこに間借りして、週に2日デザイナーの仕事をしていた。セミロングの黒髪のハンナはまるで学生のように若く見えるが、ふたりの子供を抱えるワーキングマザーでもある。

「ウィスパー・カーディガンを発表した当時は、薄手で風通しの良いニットウェアはあまりなかったの。私はそういう服が好きだったから、その雰囲気を編みものの世界に持ち込もうと、通常よりもルーズなゲージで、フィンガリング・ウェイト(中細)の糸を、ふつうはもっと太い糸を編むのに使う6・7号の針(USサイズ・直径4−4.5ミリの棒針)で編んでみた。そうしたらドレープの多い、ふわりと軽いウェアになったの。それがびっくりするくらい人気が出て、それから、このカーディガンのどこがそんなに気に入られたのかを考えるようになった」

初夏に羽織るコットンのように軽いカーディガン。ベーシックだが、さりげなく気の利いたデザイン。この成功を受けて、彼女はもうひとつ、同じようなカーディガンをデザインした。「フェザーウェイト・カーディガン」だ。2009年4月、掲載誌の刊行とほぼ同時にラベリーで購入できるようにして発表したこのカーディガンが、彼女の名前をニッターに記憶させる決定打になった。誰もが1枚は持っていたいと思うようなデザイン。このカーディガンが実際に編まれた数は2017年11月現在、実に9000点以上。今でも暖かい季節になると、ラベリーの「今ホットなデザイン」ランキングの上位に入ってくる。

「ベーシックなアイテムは、素敵な糸を見せるキャンバスになる。今のニッターは、素敵な糸を買って自分のために編む人が多いでしょう。このデザインは、どんなレベルのニッターでも編むことができる。シンプルだからいろいろな服と合わせられる。それがみんなの編みたいもの、欲しいものであるように思えたの」

それ以後、ハンナはインディペンデント・デザイナーとしての仕事に集中するようになる。まず、予定していた2冊目の本の契約金を出版社に返し、自分のやりたいようにできる自費出版で発表することにした。そして西海岸に住むニッターの友人アラナ・ダコスと、デザインブック『コースタル・ニット』(2011年)をつくった。ふたりは当初、この新しい試みの本がどのくらい受け入れられるか、まるで見当がつかなかった。そこで発売日の約1カ月前から、プリセールという形で注文を受け付けたところ、最初の2日間で印刷費の4分の1を調達できるほど注文が入ったため、急遽初版を2500部から5000部に増やすことにした。発売開始後もすぐに第2版を1万部オーダーすることになる。その後、累計で2万部以上売れている。

「ラベリーがでてきて、セルフ・パブリッシング(自費出版)がずいぶん身近なことになった。そのことが、状況をあっという間に変えたの。オフィスのPCでデジタルな世界に接続しつづけて、疲れて帰ってきた一日の終わりに、編みものに手を伸ばしたくなる。それは、手の感触が心地良いからという理由もあるはず。リアルの、紙の本も、いちいち電源を入れなくてもぱっと手に取って、パラパラめくってみることができる。今はみんなすぐダウンロードできるデジタルのパターンを欲しがるけれど、一方で、そういう紙の本の良さが、思っていたより大事なものだったということかもしれない」




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鳥古繰子 Tricoquelicot

ニットライター。多摩美術大学芸術学科卒業。外資系企業、国内手芸企業勤務を経て独立。『Peacework』や『Knitscene』など、アメリカの手芸雑誌でレポーターを務める。『毛糸だま』(日本ヴォーグ社)で海外の毛糸に関するコラムを連載中。
twitter:@tricoquelicot


1 はじまり 201605

2 バーブと羊たち 201606

3 シープ・シェア 201607

4 捨てられていたウール 201608

5 羊毛を糸にする 201609

6 染色工場 201610

7 染色工場2 201611

8 インディーダイヤー 201612

9 インディーダイヤー2 201701

10 ベロッコ社へ 201702

11 ノラ・ゴーンと 201703

12 ウェブのおかげ 201704

13 ニューヨークへ 201705

14 八布テキスタイル 201706

15 一緒に編む 201708

16 ラベリー1 201709

17 ラベリー2 201710

18 ハンナ・Fと 201711

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