2015年9月、ブルックリン・ツイード(BT)は第3の糸、ゆったりと太いチャンキーウェイトの「クウォリー」を発表した。ちょうどこのころ彼が東京に訪れると聞き、日本滞在最後の日に時間を取ってもらい、ジャレッド本人と、BTのビジネス開発を担当するルイジ・ボッチアに会えた。出たばかりだったクウォリーのことを訊いてみた。

「たいていのチャンキー(超極太)な糸は重みがあるので、例えばセーターのように大きなものを編むと、伸びてしまって着続けられない。だからクウォリーのアイデアは、チャンキーでも軽さがある糸、ということ。『ロフト』を出した時に、この特徴の重要さを学んだんだ」

「1本のロービング(撚りのないひも状の繊維)のままだと編み目がぼやけた感じになるけれど、これを3本合わせてゆるくねじり合わせた構造にすると、丸みのある輪郭ができて、縄編みや模様編みの目もきれいに見えるようになる」

「クウォリーは、編んでいると糸がねじれてくる。この糸の特別な構造が意図的にバランスを欠いた状態だからだけれど、斜行(編地が斜めになっていくこと)したりはしない。他にもこの糸には、見えないように糸つなぎができるとか、もっとねじれば強度が増す、といった特徴もある。それらを全部きちんと理解してもらえるように、説明カードを添付することにした」

「アメリカのニッターの大半は、編むときにきつく引っ張るので糸が切れてしまう。でもそれは製造上のミスではなくて、繊細で柔らかい糸を作り上げるために、意図的にそんな風に作られているんだ。だから、その意図と、他社の糸との違いも顧客にわかってもらわなくてはならない」

ルイジが補足してくれる。

「BTの他の糸が50グラムなのに対しクウォリーが100グラムなのは、半分だとふんわり感がたりないから。新世代のニッターには、“タクタイル(触感的)”な要素が大事なんだ。枕みたいにふんわりしていているものを、ぎゅっと握りしめてみたい感じだね」

糸づくりのディテールの話は、BTのものづくりが実際に編む人間の視点から考え抜かれていることを教えてくれる。ジャレッド・フロッドという人の仕事から伝わってくることと、実際に本人に会って、語る言葉と佇まいを通じて感じたことは共通していた。それは彼の完璧主義、抜けや漏れのないように常に全方位に神経を配る姿勢だ。その精神は、彼のデザインのパターンの編み方の指示から、待ち合わせの場所の確認に至るまで徹底している。

クウォリー発売前の2015年の春、ジャレッドはオフィスをブルックリンからアメリカの北西部、オレゴン州のポートランドに移している。場所が変わったことがBTブランドに与える影響についても知りたかった。

「大陸を3000マイル横断して移動する間、表面的には何事もなかったかのように、ビジネスのクオリティを従来通りに保ちながらやり遂げたかったんだ。まあ本当にハードだったけど、達成感があったよ」

「ニューヨークはあらゆることが起こる刺激的な街だけれど、常にトレンドに追いまくられて人と比べられるスタイルで、小規模なクリエイティブビジネスにとっては、あまり自由がない。でも自分には、自然や静かな暮らしも必要だったんだ」

「自然の世界は、なにか時代を超えたリアルなもので、過去と自分たちをつなげてくれる。古いものと新しいものをひとつにする考え方が好きで、それはBTのニットデザインにも通底する感覚。例えば古い伝統の技術を再現しつつ、現代的な暮らしやファッションのスタイルに合うように翻案するということだ」

「ポートランドは、いろんなものが変化し成長していく、とてもクリエイティブな場所。BTを一緒に支えていくチームに加わってもらう素晴らしい人たちにも出会えた。よりリベラルで、自由な精神と芸術魂がある。同時に、ゆったりしていて、フリースタイルの暮らしがある」

「ニューヨークでBTを始めた時、あまり先のことまで考えていなかった。シェルターを発売してから5年、ビジネスは好調だったけど、いちど立ち止まって今後の方向性を考えるべき決断の時だった。BTを次の段階に持っていくのに、望ましく、健全で、最適な道を考えた。それはよりナチュラルで、余裕があって、おそらくより自分の気持ちに誠実な方向だった。それに個人的な理由もあった。家族や兄弟はみんなポートランドやその近辺に住んでいる。自分は20代をエキサイティングな大都会で過ごして、30代になって望ましいと感じる環境が変わってきて、なんというか、家族や本当のコミュニティに回帰したくなってきた部分もあるんだ」

「引っ越しから半年過ぎて、この環境で新たに触発されて次に何が起こるのか、どんなものがやってくるのか楽しみに感じているよ」

この時からさらに時間は流れた。ツイードでない糸のバラエティが大きく広がり、DKウェイト(並太)の「アーバー」、レースウェイト(極細)の「ベイル」、そしてこの春、中細糸ライン「ピーリー」が発表された。一方で、ごく少量の限定生産で、環境問題に取り組む農場の羊から糸を作る試みも行っている。それらの糸を使って提案していくデザインも、シーズンごとに外から招いたデザイナーたちのコレクションとハウスデザイナーのコレクションがそれぞれ生まれている。動き続ける編みもの界のなかで、ジャレッドは健在だ。



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鳥古繰子 Tricoquelicot

ニットライター。多摩美術大学芸術学科卒業。外資系企業、国内手芸企業勤務を経て独立。『Peacework』や『Knitscene』など、アメリカの手芸雑誌でレポーターを務める。『毛糸だま』(日本ヴォーグ社)で海外の毛糸に関するコラムを連載中。
twitter:@tricoquelicot


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