撮影|菅野康晴/工芸青花
大阪市中心部を流れる大川を臨む天満橋(てんまばし)の北側は、川沿いという環境の良さとアクセスのしやすさから集合住宅が建ち並ぶエリア。近年は1階部分をカフェに、2階以上の部屋をショップにリノベーションした建物も増え、週末ともなれば人々が集まる。そのひとつ、70年代に建てられたビルの入り口に、カフェやレトロ雑貨店の看板とともに「古今ここん」の文字を見つけた。探していた骨董店だ。4階まで階段をあがり、少し重たい鉄製の扉を開けると、壁の二面に窓のある明るい空間が広がり、白いカーテン越しに注ぐ柔らかな光が、古机や棚に並ぶ李朝白磁や西洋の軟陶、錆びた燭台などのシルエットを浮かび上がらせる。店主の山口朱紀子(やまぐち・ときこ)さんは、1973年大阪生れ。古いもの好きが高じて会社を辞め、2015年、42歳の時に店を持った。
─────
──ここでは時代も国も異なるものが調和していて、気持ちがいいですね。
山口 ありがとうございます。私は李朝や伊万里やデルフト、またローマングラスも好きですし、昭和レトロなガラスやプラスチックで出来ている食器などもいいと思う。古い玩具を選ぶこともあり、いろいろな物がお店に並びます。

──李朝やローマングラスは古美術品としての価値が定まっていて、値段も高価です。一方、昭和の食器などの価値はそれほど高くありませんね。どちらかに絞ったりしないのでしょうか。
山口 それはないですね。私が惹きつけられる何かを持っていれば、物の種類にこだわりはありません。私の中では繋がっているんです。それらを組み合わせる事で生まれる相乗効果を面白く提案できたらよいなと思っています。

──無地のものが多い気がします。
山口 無地だから選んだというより、惹かれる物を集めたら無地が多かったという感じです。 モダンな柄の市松や輪線文様なんかも好きですよ。

──赤い十字架が描かれたものがいくつかありますね。グラフィカルな印象を受けます。
山口 現代美術家であり社会活動家としても知られるドイツのアーティスト、ヨーゼフ・ボイスが好きで、彼が作品に用いたような赤い十字架を見つけると、つい買ってしまいます。彼は、フェルトや金属、木などさまざまな素材を用いて作品を作り、インスタレーションしていました。異素材を組み合わせる時の配置や色合いは、私がディスプレイする時のヒントになっています。

──古物に興味を持ったきっかけは?
山口 生れも育ちも大阪で、高校卒業後に就職して事務の仕事につきました。大した考えや趣味もなかった私が古いものに興味を持ったのは、弟(注・アーティストの青柳龍太さん。1976年生れ)の影響が大きいです。私はずっと大阪に住んでいますが、弟は東京の美大に進み、卒業後の2005年頃からファウンドオブジェ(注・古い道具やジャンク、拾ってきたものなど)のインスタレーションで美術家としての活動を始めるなど、古いものに親しんでいました。そんな彼が福生の古い平屋に住んでいた頃に、訪ねたことがあるんです。昭和特有のチープな飾り気のないその空間には、古美術、古道具、それこそ拾ってきたような物までが絶妙なバランスで配置されていて、一歩足を踏み入れた瞬間、外の世界と切り離されるような感覚を覚えました。その出来事こそが今の私の古物に対する思いの始まりだったのだと思います。

──「外の世界と切り離された」感覚とは?
山口 例えれば神社などの鳥居をくぐった時に感じられる感覚、とでもいうのでしょうか。外の世界にある生活の音がスッと消えて違う空間に入ったといったような。大阪での会社員生活とは別次元の場所を見つけたという気持ちが大きくなり、いま在る世界から一歩踏み出してみたいという思いが強くなりました。20代前半のことです。

──古いものを買ったのはそれから?
山口 そうですね。初めは弟が持っている器や道具を参考にしていました。そのうち自分で見て探すようになり、その頃よく訪ねたのは東京の「tamiser」や「UNTIDY」です。

──その頃はどんなものを買っていましたか。
山口 西洋骨董、古道具から始まり、やがてアジアのものも好きになっていきました。中でも李朝陶磁の大らかさに惹かれました。

──そこから、お店を持とうと考えるようになったのは?
山口 40歳をあと数年で迎えようとしていた時、ふと、このままいまの仕事を続けて、変化の少ない毎日を歩むだけの人生でいいのかと考えはじめたんです。ここでも弟の影響が大きかったと思います。本当にやりたいことに対して迷うことなく突き進んでいく姿を見るたびに自分の在り方を見直しました。その結果、私も心地よい空間を作ってみたい、好きな古い物を提案できるお店を持ちたいと思うようになったんです。

──大きな決断でしたね。
山口 はい、大きな決断でした。しかし一度きりの人生なので。もちろん不安はありましたよ。でも「挑戦したい気持ちがあるならやってみればいい」と、背中を押してくれる人が私にはいました。それはもちろん弟、それから夫、親やまた友達。私は本当に恵まれていると思います。いまは平日にアルバイトをしながら、店は金土日の週3日開けています。経営は簡単ではないですが、店という場所で、自分を表現できる喜びはかけがえのないものです。

──山口さんにとって「心地よい空間」とは?
山口 あの平屋に感じた独特な神聖さを持つ空間に、自分らしさをプラスしたものでしょうか。私の意識がガラリと変わった、変わることが出来たあの場所を今も求め続けている。まだまだ納得いくところまで到達できてはいないけれど、でも「古今ここん」で古いものを見ているその時は、普段の目まぐるしい日々の生活から切り離された別次元にいる感覚を持ってもらえたらと、そんな気持ちでお店をしています。

──店の内装で意識したことは?
山口 引き算の内装を心がけました。天井板を取りのぞくことで天井高を取り、開放感を感じられるように。床は既存のタイルをはがして、コンクリートむきだしの無機質さが出るように。空間を極シンプルにすることで、家具や物が上手く調和する。また配置を変えやすいので、再度来店していただいても新鮮な感覚を持ってもらえるように心がけています。

──弟の青柳さん以外に影響を受けた人はいますか?
山口 空間と物の調和ということでは「古道具坂田」です。目白のお店には一度だけ行きました。坂田さんはあまたの品物から、それでなければならないひとつを選び、そこでなければならない場所に置く。その強さを肌で感じて、感銘を受けました。私たちの世代で古物が好きな人、商いにしている人で、古道具坂田の影響を受けていない人はあまりいないのではないでしょうか。

──古物の魅力ってなんでしょう?
山口 時代を超えて残っていること。残るだけの力を持っているということ。そしてその強さとともに、いずれ消えてしまうかも知れないという儚さもある。強さと儚さの両面を見ることができる物、それが私が古いものに惹かれる理由ではないでしょうか。
(構成・文/衣奈彩子)









古今ここん
大阪府大阪市北区天満3-4-5 タツタビル401
https://www.instagram.com/kokoncocon


前の記事へ  次の記事へ
トップへ戻る ▲