
1 江戸ガラス蓋碗
この夏、知人の店から花器展示会の案内状をもらっていたので、出かけてきました。東京は梅雨明けから35度を超える猛暑となり、外へ出る気力も失せていたのですが、最終日の夕方、ようやく重い腰を上げました。
店はマンションの一室にあり、細長く小ぢんまりとした店内です。センスの良い器が並び(もちろん花器を中心に……)、手に取れば欲しくなる品ばかりです。信楽の蹲(うずくまる)や越前の中壺も魅力で、茶を出してくれた粉引の平茶碗も使い込まれた良い味わいです。どれも皆、どこにでもある品ではありません。値を訊ねれば、当然ですが然るべき価格でした。安価であれば、最終日の夕方に残っている品ではないでしょう。
店内を再度見まわすと、奥の棚にこの江戸ガラス蓋碗がひとつ置かれていました。手に取ってみれば葡萄棚文のレリーフが如何にも涼しそうです。値は江戸ガラス碗の今時の相場と云える価格で、これに水菓子でも盛ったら……と、その様子を思い描いたら欲しくなりました。「これを」と告げると、「出してないのですが、もうひとつあります」との返事です。それもついでに見せてもらうと、二つが収まる箱に入っています。新しい箱で、前の所蔵者が誂えたのでしょう。離れ離れにするのも忍びないので、「二つ買うから負けて」と頼むと、少しだけ引いてくれました。「手頃な花器でも……」と出かけたはずが、けっこうな出費となってしまい、手持ちのお金では足りず、借金をして帰ってくることになりました。
「手頃な花器でも……」と出かけたはずが、持ち帰ったのは所持金では足りぬ江戸ガラス蓋碗二つ。この辺の骨董買いの心理と云うか気持ちの揺れには、自分でも呆れるのですが、たぶんこの夏の暑さがさせたことでしょう。「太陽が眩しかったから……」のムルソーに比べれば、何とも平和な話です。
*この連載は、高木孝さん監修、青花の会が運営する骨董通販サイト「seikanet」の関連企画です
https://store.kogei-seika.jp/