1 ボロ布




『ひとりよがりのものさし』第1回は「ボロ布」。「古道具坂田」を訪れたある学芸員がザイールのラフィアヤシ繊維布の展示を企画しているという。展覧会の名は「マチスの秘密」。マチスは人間の生が根こそぎ資本主義に動員されていく20世紀初頭のヨーロッパにおいて、西洋にない生の表現をアフリカやアジアの文物に求めた藝術家の一人であった。一般にクバ布と呼ばれるこのアフリカの布に見られるランダムなアップリケはマチスの切り絵シリーズのヒントになったと言われている。

坂田さんは言う。

〈この強くてモダンな美しさに向かい合うことができる〉〈日本の布は何んだろうと考えた。」「それは庶民が日常生活で使いに使い切った布。当て布で補修しながらもなお使い続けた藍染木綿の野良着や布団地に違いない〉

そしてかつて「古道具坂田」で野良着の展覧会(1992年の「日本の野良着・仕事着」展か?)をした際、傷んでない布はたたんで、ツギハギだらけの襤褸布を大きく広げて値段も高くしたところ、同業者に「値段が逆ですよ」と忠告されたエピソードに繋げている。

使い古されて色も褪せ、破れや穴をボロ裂で補修した日本の野良着や布団は今や「BORO」と呼ばれて欧米で高い評価を受け、日本でも「傷んでいない布」に比べてはるかに値段が高騰している。あるとき、海外向けに日本の古いモノを紹介している骨董集団「畳」の奥村さんに「BOROがなんで評価されているか知ってますか? もとはギーズベントですよ」と教えられたことがある。

ギーズベント(Gee's Bend)とはアメリカ合衆国アラバマ州にある地域の名で、19世紀半ばに強制的に移住させられた解放奴隷とその子孫たちが4世代にわたって作り続けてきたツギハギのキルトは、21世紀に入って、差別と貧困にも負けずコミュニティの誇りと美しさを持ち続けた民衆の藝術である、という読み直しがされアメリカのフォークアート市場で高い評価を受けることになる。そこで日本のボロ布もまた、貧しさの中で民衆が生んだ創意工夫の布という意味でギーズベントと同じではないか、と考えた業者たち(こうした業者たちが扱うものはアウトサイダーアート、フォークアート、トライバルアートであり、そこには日本のモノも含まれる。いずれもアートの視点から西欧的近代思考にないオルタナティブな表現を捉えようとするものだ)がこぞって日本のボロ布を買い蒐めたのが「BORO」ブームの始まりだ、というのである。そう考えると、これまでにも民俗学的な視点からボロ布を蒐めた田中忠三郎などの先駆者はいたものの、そこに「美しさ」を見出した坂田さんの眼はやはり早かったと言えるだろう。

ザイールのクバ布のアップリケも、単なる装飾ではなく繊維を叩いて布にする過程で空いた穴をふさぐためのものだそうだ。したがって生活の必要に迫られて生み出されたこれらの布に共通するものは柳宗悦のいういわゆる「用の美」というものなのかもしれない。

最後に坂田さんは「使われた布の最後の姿」として、友人から譲られた雑巾を紹介している。これらはやがて松濤美術館で開催されたエポックメイキングな展覧会「骨董誕生」に展示されて物議を醸す(「名品」と雑巾を同列に展示するのか!?)とともに「古道具坂田=雑巾」と印象付けられるモノともなっていく。

1999年、雑誌『芸術新潮』で「ひとりよがりのものさし」の連載をスタートさせ、以降坂田さんと二人三脚で「骨董の眼利きがえらぶ 現代のうつわ」や「日本民藝館へいこう」「パリと骨董」など数々の特集記事を実現させた現『工芸青花』編集長の菅野康晴さんに、坂田さんが晩年に行きついたモノは日本の使い古されたなんでもない布だ、というお話を伺ったことがある。それは何なのか? 結局は使い古された布の「味わい」ではないのか? と食い下がるも、かたくなにそうではない、と菅野さんは言い張る。ちなみに先の「骨董誕生」展では骨董を「味もの」と定義していた。

菅野さんが、坂田さんが最後に行きついたモノ、とする使い古された布、またのちに「古道具坂田」のシグニチャーともなる雑巾が、坂田伝説の始まりとなる『ひとりよがりのものさし』の第1回に紹介されていることには、あらためて本書を読み返して感慨深いものがある。

坂田さんが亡くなって3年が過ぎた。坂田さんと「古道具坂田」の存在は日本の骨董・工藝・藝術の分野に大きな波紋を残し、骨董業界には「坂田チルドレン」と呼ばれる若い業者たちも数多く誕生している。その評価は日本国内のみならず、海を越え中国や台湾などでもますます大きなものになっているようだ。坂田さんが自ら選んだモノを通して感じたこと、考えたことを自らの言葉で語った『ひとりよがりのものさし』を今一度読み返し、坂田さんが言いたかったこと、伝えたかったことは何だったのか、今を生きる我々が受けそこねているものはないか、をあらためてたずねてみたいと思う。

写真は「ひとりよがりのものさし」連載時(『芸術新潮』1999年1月号−2003年5月号)に撮影したフィルムです(筒口直弘撮影)。掲載図版とは別カットの場合もあります


坂田室
東京都新宿区矢来町71 新潮社倉庫内(神楽坂)


トップへ戻る ▲