
3 曲物容器

重陽の節句の頃に市場に現れた菊形の白磁皿です。伊万里全般が安くなった昨今、季節商品なら少しは需要があるはずと、この時期に出品されたのかも知れません。が、私が「これ」と思い定めて競り声を掛けたのは、菊皿の方ではなく、その容れ物(外箱)です。
楕円形の曲物で、表は経年の煤にまみれ見事な枯れ具合です。蓋裏に「寛永七年……」(1630年)と墨書きされています。この白磁皿が実用に供されていた頃に、それを収めるために作られた曲物でしょう。
江戸初期の曲物と云うだけなら、やや大きくもあり、それほど欲しいとは思わなかったでしょうが、厚く積み重なった煤け具合のたまらぬ〝ウブさ″に惹かれました。収められている白磁皿も長く洗われた様子はなく、時代の汚れをつけたままのウブさです。この〝ウブさ″に骨董好きは惹かれます。骨董屋はことさらに〝ウブさ″を強調しますが、実のところ、本当に〝ウブのまま″残され、市場に出てくる品は、驚くほど少なくなっています。私が、この傷だらけで汚れた白磁皿を買った所以です。
さて、前回の続き、〝伊万里凋落の原因について″です。今から30年ほど前、四国の市場で贋作の古伊万里輪線文そば猪口を買ったことは、以前「骨董入門」に書きました。それは、伊万里全体がまだ高騰を維持していた時代です。
高騰に冷や水を浴びせたのがヤフーオークション(ヤフオク)の登場です。インターネットの普及と共に成長していたヤフオクですが、アンティーク部門に出品される品は極度に程度が低く、安いお金で掘り出し物を狙う、射倖心の強い骨董ファンをターゲットとした贋作が横行していました。〝ヤフオクの骨董″と云えば〝贋作″の代名詞の様に思われていましたが、様々な骨董品に手軽にアクセスできるヤフオク人気は衰えることはなく、ますます盛んとなっていきました。やがて落札者による淘汰(出品者の選別)が始まり、まともな骨董を出品する業者も年々増えていきました。骨董の購入、販売の場としてのヤフオクが定着し、今日に至っています。
伊万里人気とヤフオクの隆盛期は、偶然でしょうが時期が重なります。人気の高い伊万里が気軽に買える場として、ヤフオクには大量の伊万里が出品され、次々と高値で落札されていきました。そんな中、初期伊万里や藍九谷中皿を中心とした精巧な贋作が、ヤフオクや市場に姿を現す様になります。人気の高い(価格も高価な)中皿が中心で、当初は飛ぶように売れてゆき、似た様な皿の出品が途絶えることがありません。次から次へと〝人気の高い中皿″がヤフオクや市場に現れます。「これは怪しい……」と皆が気づいた頃には、すでに大量の贋作伊万里が市場に紛れ込む事態となっていました。
やがて、伊万里に目の利く蒐集家や業者による選別が始まり、贋作伊万里は市場やヤフオクで投げ売りされる様になります。贋作が一気に出回るようになった伊万里市場、こうなれば選択眼の脆弱な蒐集家は伊万里には手を出せなくなります。ネットの画像では真贋の判断はさらに難しく(事実上不可能ですので)なおさらです。
伊万里は、大量に紛れ込んだ贋作の淘汰が済まぬまま今日を迎えています。それらは人気の高い中皿に限らず、希少な意匠のそば猪口類にも及んでいます。〝悪貨は良貨を駆逐する″と云いますが、良貨も悪貨に呑み込まれている状況です。


*この連載は、高木孝さん監修、青花の会が運営する骨董通販サイト「seikanet」の関連企画です
https://store.kogei-seika.jp/
