会期|2026年3月25日(水)-4月6日(月)
   *3月25・26日は⻘花会員のみ
休廊|3月31日
時間|12-18時
会場|青花室
   東京都新宿区矢来町71 新潮社倉庫内(神楽坂)
監修|金沢百枝(美術史家)
出品|中澤安奈(彫刻家)/山田洋次(陶芸家)/吉田昌太郎(骨董商)


講座|金沢百枝+中澤安奈+山田洋次+吉田昌太郎|ロマネスクと私たち
日時|3月25日(水)18時半-20時半
会場|青花室








青花のロマネスク展   金沢百枝


ロマネスク展を日本で開催したいと夢見て、もう30年くらい経つ。西欧中世のロマネスク美術は、聖堂にあるか、門外不出の宝として美術館に収められているので、遠い日本での展覧会は不可能に近い。しかし、今回、思わぬかたちで「ロマネスク展」の開催が叶った。
 きっかけは坂田和實さん(「古道具坂田」店主。1945-2022)。彼の言説を繰返し読み、青花の菅野さんと議論しているうちに、日本における「ロマネスク」とは形而上的な何かであって、実際のロマネスクとは別ものではないかと思うようになった。美術史でいうロマネスク様式とは、どんなに幅広く見ても10世紀後半から13世紀に作られた西ヨーロッパの建築・美術を指す。しかし、私たちは時々、18世紀の西洋家具や民具に「ロマネスクらしさ」を見出すことがある。古道具坂田でロマネスク美術を見たことはなかったが、ロマネスク的な物を見たことは何度もある。「ロマネスクらしさ」を考えることが、じつは、ロマネスク美術の真髄を捉えることにもつながりはしないか。
 そこで、現代の優れた3人の作り手に、「ロマネスク」をテーマに制作していただいた。三人三様ながら、共通して、ロマネスクの石工のような純真さが見える。




今展によせて   中澤安奈


もう場所の名前すら思い出せない。長い道のりをかけて来た。ドイツの村のその小さなロマネスク教会を出ると、麦の穂の大草原が目の前に広がっていた。人ひとりいない。風景に包まれてつい佇んでしまう。自分がここにいる、ということが、とてつもなく不思議だった。この光景をずっと覚えていよう、と心に思った。黄金色の穂が風に揺れ、自分も揺れていた。それが私のロマネスクの原風景になっている。
 ロマネスクに幾度救われてきたのだろう。大学3年生の春休みに友人と二人でフランス・スペインを美術旅行し、初めてアルルのサン・トロフィーム教会に足を踏み入れた時、まるで故郷に辿り着いたような居心地の良さに「そう、こういう場所にずっと来たかったのだ!」と心の奥底から叫び出したくなった。異国にいる緊張感がほぐれ、空間に溶け、深呼吸できた。柱頭の彫刻たちの生き生きした表情からは神様への感謝が伝わってきて、頬が緩んだ。友人が「安ちゃんこういうの好きだよね」と言った。本当に好きだ。
それがロマネスクだと認識したのは、ずっとあとのことになる。
 当時はプラスチックや FRP など新素材のコンセプチュアルな彫刻がもてはやされていて、私はそれがどうしても好きになれなかった。卒業制作が始まると無意識に足は図書館へ向き、世界美術全集ロマネスク篇を開いては眺める自分がいた。ああ、重厚な石がなんと豊かに語っていることだろう! そしてその彫刻はなんて滑稽で味わいがあるのだろう! ごりごりのアカデミックな環境で見るロマネスクは、率直に言って「美術ってこんなんでいいんだろうか?」という感じだ。形は解剖学的におかしいし、ツッコミどころが多すぎる。でも、その彫刻たちは「人間ってそうだよね」と納得させる気がした。愚かで、うまくいかなくて、美しくないものもたくさんあって、それでいて、どうしようもなく愛おしい。──それを認めていいんだ、と思った。
 大学を出たあと、私は卒制買い上げの賞金100万円を持ってロマネスクを巡る旅に出た。ヒッチハイクで村々を回り、電車で隣になった人に泊めてもらったこともあった。ドイツ、フランス、イタリア、スイス、3ヶ月半かけて訪れたのは144のロマネスク教会。辺鄙な土地それぞれの風景を湛えて、ロマネスク教会は立っていた。
 帰国して、金沢百枝先生に手紙を書いた。初めてのファンレターである。とんぼの本ロマネスクシリーズに触発されてできた旅であった。展覧会のお知らせをしたら、恐れ多くも百枝先生は展覧会へ足を運んでくださった。それが今に至っている。
 石を彫る時、古代人と同じ時間の中に身を置いているような感覚になる。その時、私は何者でもない。何者になることも要求されない。産業化された時間から解放され、「神様、この仕事を与えてくださって、ありがとうございます」と心の中が喜びでいっぱいになる。完璧なギリシャ彫刻やエジプト彫刻と違い、てんで理想化されていない人間像からは、「ダメでもいいよ、そのままで、おいで」というイエス様の呼びかけが聞こえてくるようである。〈すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます〉(マタイ11:28)
 いつも心に響いてきた御言葉だ。




今展によせて   山田洋次


昨年9月に個展もあって3週間程、英国に滞在し、空いている時間で10ヶ所程のロマネスク教会を見て回りました。建物やその中の細かな装飾も素晴らしく、それを中心とした村も残されている事にも驚きました。
 偶然、教会を修復されてる方に会いました。何百年も残されてきた物を見ていると、その物に圧倒されてしまいます。その人に会った事で、この建物や装飾も人が手で作っていた事を思い出しました。
 僕の仕事は英国古典のスリップウェアへの憧れから始まりました。初めは写しから始まり、その後、模様や釉薬、焼きを変えながら製作を続けてきました。最近は直接的に写す事はせず、古物から感じるノリやテンポと自分を合わせて物を作っています。
 今回もその様な普段の仕事の延長線にあります。比較的新しい記憶の中にある、風景、建物、装飾、出会った人を頭に浮かべて、ロマネスクってこんな感じかなあと思って制作しました。




今展によせて   吉田昌太郎


古道具屋として、さまざまな国を旅して自由にものを選んできた。そんな私がいつしか古い紙を切り貼りし、「紙の家」を組み立てるようになった。紙に興味を持ち始めたのはいつ頃からだったのか。遡ると2001年に店を始めたすぐ後の2003年に、紙の魅力に惹かれて「紙箱展」を開いた。古道具は全てしまって古い箱だけを飾ったのだ。すでにその頃には紙の虜になっていたのだろう。麻布から恵比寿に移転後は作業机の片隅には無意識ながらも紙の束や箱が集まり、接客の傍ら手を動かし工作をしていた。店内のあちこちに並ぶ古道具の隙間にアクセントとして、何かスパイスを効かせるように、足りない色を添えるように「紙の家」を置いていた。役目を終えた古紙に、再び陽の当たる居場所を与えているように。
 今回「ロマネスク」というお題をいただき、初めてその漠然とした題材に向き合った。自分にとってロマネスクとは、温かい西陽をたっぷりと浴びた重厚な石積みと祈りの音が響き渡る空間を思い起こす。重く揺るがない構造の中に、ひそやかな温もりが宿るイメージ。脳裏に浮かび上がる丘の風景、石畳に葡萄畑、村一番の高さを誇る教会、周辺全体が穏やかなベージュの色を纏っている。そのひとつの建物を思い描きながら、手元に集まる一枚一枚の紙の表情と色を重ね合わせ形を作りあげる。今回組み立てた建物は、ミントのトローチ、帽子、ローソク、服の型紙、ガラスの乾板フィルムなどが収まっていた外箱を解体し、再構築している。貼られたラベルの色や印字された文字をそのまま活かしたものもあれば、繋ぎ目や滲み着いた汚れをそのままにしたもの、化粧紙の下に隠れるわずかな赤みのさす紙、裏面をあえて表面に使ったりとさまざま。約半年間、自分の頭の中のイメージを追い、思うままに手を動かし作り続けた。
 私の想うロマネスクの建物がそこにあり、その周辺の風景があなたにはどう見えるのだろう。建物から広がるそんな景色を、みなさんにも楽しんでいただけたらと思うのです。


金沢百枝 KANAZAWA Momo
美術史家。多摩美術大学美術学部芸術学科教授。西洋中世美術、主にロマネスク美術を研究。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。理学博士・学術博士。2011年、島田謹二記念学藝賞。2016年、サントリー学芸賞。著書に『ロマネスク美術革命』、『キリスト教美術をたのしむ 旧約聖書篇』、共著に『イタリア古寺巡礼』シリーズ(いずれも新潮社)など。

中澤安奈 NAKAZAWA Anna
彫刻家。1988年、横浜市生れ。2008年、東京都立芸術高校卒業。2012年、東京藝術大学美術学部彫刻科卒業。2014年、東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専科修了。東京都知事賞(2014年)、 第14回大分アジア彫刻展優秀賞、第71回神奈川文化賞未来賞等を受賞。

山田洋次 YAMADA Yoji
陶芸家。1980年、滋賀県生れ。2002年、信楽窯業試験場小物ロクロ科修了。2007年渡英、Maze Hill Pottery にて Lisa Hammond に師事。2008年に帰国後、古谷製陶所勤務。2013年、滋賀県信楽町田代に築窯。2019年より滋賀県信楽町宮町で制作。

吉田昌太郎 YOSHIDA Shotaro
骨董商。1972年、母親の実家のある東京で生れ、栃木県黒磯で育つ。1996年から骨董店で4年の修行を経て、2001年に麻布十番にて「antiques tamiser」を開店。2005年、恵比寿に移転。2009年、東京と黒磯との2拠点生活を始めるとともに、「tamiser kuroiso」を開店。2022年、東京を離れ、故郷にて「antiques tamiser & tamiser table」を 新たに開店。店舗、住宅の空間プロデュースも手掛ける。国内外を問わず仕入れに出かける日々。著書に『アンティークス タミゼ・スクラップブック』(筑摩書房)、『糸の宝石』(ラトルズ)、『かみのいえ』(自費出版)、『オルガの木靴』(目の眼)等。


1・6|吉田昌太郎作品
2・4|中澤安奈作品(未完)
3・5|山田洋次作品 撮影:山田洋次
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