*この連載は seikanet(骨董通販サイト)の関連企画です

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あるとき『工芸青花』の菅野さんより一つのミッションが課せられました。曰く、honograの小松さんが選ぶ物をもとにして何か文章を書いてほしいと。そこはかとなく漂う人選ミス感にとまどいながらも、「来た仕事は断らない」というリリー・フランキーの顰に倣い、軽はずみにも受けてしまったのでした。

9月の半ば過ぎ。いつまでも夏のままであり続けようとする地球の態度に、若干の怒りを覚えつつ小田急線の読売ランド前まで。よみうりランドといえば、ずいぶん昔に父親に連れられて、全日本プロレスファン感謝デーという興行を見に行った記憶があるのですが、あのとき降りたのは京王線のよみうりランド駅で、今回はそこから近くて遠い読売ランド前。あの日も暑かったけど、この日も負けじと暑い。

駅の改札は一つだけで、出てすぐ左側にある歩道橋を渡って左手に見えるマンションの半地下に並ぶテナントのいちばん端が、目指す店「honogra」です。店主は小松義宜さん。その名は、交換会と呼ばれる業者の市場に出入りしている人たちには、もう一つの屋号である「夏日屋」の通り名で畏怖の念を以て知られていますが、それも骨董・古美術という狭い世界にかぎった話で、そこから一歩出れば、まず「どちらさん」? となると思います。

では小松義宜とは何者なのか? もちろん古物商ではあるわけなのですが、古物の売買というのもいろいろなやり方があって、すべての業者が店を構えてそこで小売りをしているわけではありません。むしろ今は店舗を持たずに、催事への出店や市場やネットでの売買を生業とする業態が主流になりつつあります。小松さん自身も市場から市場へと品物を動かすことで利ザヤを得る、いわゆる果師(はたし)の時代が長く続いていたので、一般のお客さんと接触する機会はあまり無かったと思います。業界内の評判だけはあまねく知れ渡っているという、知る人ぞ知る、まだ見ぬ強豪、ミュージシャンズミュージシャンというのが小松さんの立場だったわけです。芸能界隈を見ても、テレビによく出る世間的な認知度の高いアーティストよりも、マスコミへの露出を控えて活動している表現者の方に凄みを感じることがありますが、個人的には小松さんはそんな気配を漂わせている人でした。

ところがある日、夏日屋であるところの小松さんが店を出すという噂が聞こえてきました。すでに果師として十二分の栄光を摑んだかに見受けられる人が、何をこのうえ実店舗営業に乗り出そうとしているのか。小松さんとは市場で物を介しての接点しかなく、そこで得た勝手な印象で言うのですが、真贋と値踏みを過たず、業界の情報を熟知し、商品の動向に精通している、目と耳と鼻が利く業者──どこか豪胆無比なリアリストというのが、私的な小松さん像です。店というのは、良くも悪くもロマンが入り込んでくる場であると思うのですが、リアリズムとロマンティシズムの折り合いをどうつけるつもりなのか。市場で見かける小松さんと、店主になろうという小松さんの像がそのときは結びつきませんでした。

2021年2月、自宅からの通勤が容易であるという理由が大きかったそうですが、小松さんは小田急線の読売ランド前駅からほど近い場所に、夏日屋とは別名義のhonograというお店をオープンさせます。冒頭でも書いたように、よみうりランドの印象がほぼ全日本プロレスで占められている自分にとっては、全日の牧歌性と小松さんが扱う品々との関連が見つからず、脳が少しばかりバグを起こしたぐらいです。小松さんが集めえたストロングスタイルの品物は、どちらかといえば新日本プロレス的ではないだろうか? という、あまりに個人的すぎて誰からも同意を得られなさそうな比喩を胸に秘めつつ、honograの動向に関する話をときおり耳にしていました。この開店興行には行けずじまいだったので、人づてに聞いたことを知ったふうに書くしかないのですが、店には数百円から数千万のものまでが並んでいたそうです。オープン記念のお祭り気分を盛り上げる趣向とはいえ、ただごとでない物の一挙大集結ぶりです。驚くと同時にそこに小松さんの物に対するスタンスを垣間見た気がしました。

さてこのたびのミッション、第1回目は茨城出土の埴輪のかけらを見せてもらえるとのことでした。約束の時間にはまだ早く、店に小松さんは不在。ウインドーにべたりと張り付いて中をのぞくと、一枚板のテーブルの上には、埴輪ではなく経筒や鏡が並んでいます。経塚からの出土品でしょう。とりわけ目を引くのが端にある三鈷杵(さんこしょ)です。素晴らしい造形。あまり血相を変えて張り付きすぎていると、不逞の輩として通報されかねませんが、お巡りさんが来たら、あの三鈷杵がいかに素晴らしいかをともに語り合いたいぐらいです。すると後ろから「こんにちはー」と声が聞こえました。お巡りさん、ではなく小松さんでした。



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