*この連載は seikanet(骨董通販サイト)の関連企画です

4 続「古道具坂田」的





そのつどのテーマに即して小松さんが店内を設えて、菅野さんが写真を撮り、自分はといえば、そこで見たり聞いたりしたことをこうして雑文に綴る、というのがこの企画の趣旨なのですが、どこに向かって何を目指しているのかは特に決まっていません。太川陽介と蛭子能収がバスを乗り継いでいく番組がありましたが、ああいうどう転ぶか分からない危うい即興性を、骨董をダシにして演出できたら楽しいかもしれない、と思っているところです。誰が太川で誰が蛭子の役回りなのか、ということはこの際どうでもいいとして。そういう次第で、今回は坂田的品々が店を飾っていました。と言っても、あくまで小松さんの解釈による古道具坂田です。

メインの一枚板のテーブルには3つほど物が並んでいました。その中のひとつ、マジョリカの影響を色濃く残すという初期のデルフトで、胴回りの滲んだコバルトを三角窓に抜いて、その中を黄色の顔料で文様を描いた器。これは西洋骨董店「三日月」の石黒孝次郎が最初の渡欧で買って、最後まで手放さずにいた物だそうです。そう聞かなければ、古渡りの茶道具として伝世した物と思ってしまいそうな古格が漂っています。無地好みの坂田さんの食指が動くかはともかく、この選択は、坂田以前に西洋骨董を日本に請来した人物としての石黒と坂田の距離を測ってみたいという、小松さんの批評眼の表れに思えました。

物の良し悪しの判断に理屈は不要というのは、坂田さんに顕著な物の見方ですが、「古道具、その行き先」の展示会以降は、いっそうその考えをラディカルに推し進めていったように見えます。背景を抜きにした、いわば裸形としての物を尊ぶというスタンスは、坂田さんの元からの資質と時代の要請が加わって、世に浸透することになったと思うのです。が、広まり薄まりながら、そういう物の見方が、ある層にとっては抑圧として作用しはじめたとも言えます。もちろん、それは坂田さんの思惑の外にあることですが。小松さんの眼と考えがそこに楔を打ち、まだ見ぬ自由な物の見方を提示する契機となる気がするのですが、それを敷衍するだけの腕と頭がないので、今は坂田さんと小松さんの対話を夢想するだけです。

先鋭化する晩年の坂田さんとはまったく話をする機会がなかった小松さんにとって、坂田さんはあくまで西洋骨董、それと露店のイメージの人、とのこと。西洋骨董は言わずもがな古道具坂田の主力となる物の一群です。まとまった量と質の西洋骨董を紹介する業者がその頃、というのは2000年代初頭ぐらいのことですが、他にどれだけいたのか、浅学にして詳らかにはしませんが、欧州の道具類や宗教遺物や民藝に直結する古物を日本に持ち込んで、定期的に紹介した業者の第一人者で坂田さんはあったわけです。業界の互助的制度の外部で経歴を構築せざるを得なかった立場の坂田さんが、自分の持ち札で成しうることを最高度に結実させた仕事であったと言えるかもしれません。その頃は小松さんも時折は店に行って坂田さんの話を聞くこともあったそうです。買い付けのことや何ということのない雑談でしたが、壁を感じ緊張したと言います。

次に露店の方の話。海外買い付けの他に、露店巡りも坂田さんにとっての重要な仕入れの拠点でありました。在りし日の小松さんも露店商の一人だったから、用意した物を坂田さんに買ってもらえるか否かは、眼の勝負といった赴きがあったと想像します。坂田さんがその日何を買ったか、業者どうしの情報交換もあったと聞きます。誰それが何を買い、何を買わないのかというのは、有益な顧客情報として把握しておくべき案件でしょうが、相手がこと坂田さんとなれば、気の入れようも次元が変わってきます。坂田向きだと満を持して仕込んだ物に触りもしてくれなかった日には、泣きぬれて蟹と戯れたくもなるでしょう。温顔の下の妥協なき眼については、自分自身も大江戸骨董市で痛感しているので、小松さんでなくとも、排他的精神領域とも言うべき壁を感じるのは分かります。独特の立志伝を歩んでいる人がまとう何かを放っていました。

ある日の交換会で、古道具坂田から買った物が一人のコレクションとして一括で出てきたことがあったのですが、その時の小松さんの鬼神のごとき勇躍ぶりには驚かされました。火がついた、と小松さんはあとになって語っていましたが、たしかに鎮火のすべもない有様で、あわよくば2、3点ぐらい仕入れて帰ろうとしていた自分の想いは傍若無人に蹴散らされ、ただ茫然となりゆきを見守るしかなかったのでした。物のヒエラルキーがひっくり返る価値転倒の現場に放り出された気分でした。あれは何だったのか、あるいは話すことが叶わなかった晩年の坂田さんとの時間を埋めようという、小松さんの代償行為だったのかもしれません。



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