工藝風向(福岡)の高木崇雄さんを監修者にむかえて「絵と言葉」展を開催します。染色家・望月通陽さんの近作のほか、メキシコのブリキ絵など展示販売します。精緻な望月作品がじつは素朴なブリキ絵の「返歌」でもあったときいて意外でした。絵と言葉がさまざまにひびきあうさまをぜひ御覧ください。S




会期|9月29・30日・10月1日(金土日)
   10月5・6・7・8・9日(木金土日月)
   10月12・13・14・15日(木金土日)
時間|12-19時
会場|工芸青花|東京都新宿区横寺町31-13 一水寮101(神楽坂)
監修|高木崇雄(工藝風向)


対談|望月通陽+高木崇雄|絵と言葉
日時|9月29日(金)19−21時
会場|一水寮悠庵|東京都新宿区横寺町31-13(神楽坂)
定員|25名
会費|3500円
https://shop.kogei-seika.jp/products/detail.php?product_id=193






呼び交わす絵と言葉  高木崇雄


染色家・望月通陽による連作「歌の中の歌」は、旧約聖書の一編『雅歌』に基づいた作品です。"Song of Songs"とも呼ばれる雅歌は、ソロモン王と恋人との間に交わされた相聞歌であり、聖書の中では異色の一編とされます。ただ、ゆっくりと読み進めていくと、聖書を聖書たらしめている一編があるとするならば、旧約聖書の預言書でもなく、新約聖書の福音書でも書簡集でもなく、むしろこの雅歌ではないだろうか、と思ったりもするのです。それは通説とされる、キリストと教会の関係を表している歌だから、などということではなく、私たちが折に触れて抱く愛の喜び、哀しみ、焦燥感、喪失、そしてそこからの恢復といった揺れうごく感情が、いささか過剰なほどに記されている、その惜しみなさゆえに。

以前、『工芸青花』4号で望月さんの仕事を取り上げた際には、本作はまだ型彫りの段階でしたが、その後、冒頭から8章まで、雅歌の全ての詩が精緻で柔らかな線によって扉絵1枚と40枚に展開され、染めあげられました。今年の2月、福岡での個展の準備のため、静岡に望月さんを訪ね、「歌の中の歌」について話していた折、望月さんはふと、あれはメキシコのブリキ絵に対する僕なりの返歌なんですよ、と呟きました。

メキシコのブリキ絵とは、やはり『工芸青花』2号で紹介した、ブリキ板にペンキで描かれた簡易な教会への奉納画です。18世紀から始まり、19世紀後半から20世紀初頭においてメキシコ各地で盛んに作られ、今もほそぼそと描き続けられているブリキ絵には、自らに起こった「小さな奇跡」に対する感謝の言葉が、その出来事の様子と、その奇跡をもたらした聖人の姿とともに記されています。病気が治った、逃げた豚が戻ってきた、待ち伏せ強盗からうまく逃げられた……、日常のなんということのない、でも小さな喜びが、聖人に託されて、小さな板絵として描かれます。つまり、絵画としての上手下手などとは関係なく、喜びを伝えるだけの道具がメキシコのブリキ絵なのです。

そんなブリキ絵と、望月通陽の染め。まったく違う経緯から生まれた仕事ですが、返歌、と言われると確かに頷かざるを得ません。それは単に絵と言葉が同じ平面に同居しているから、というだけではありません。いずれも言葉が「意味」として平面から遊離せず、むしろ絵と同一化し、部分が全体であり全体が部分であるかのように目を誘い、言葉と絵がお互いを呼び交わしている、というありようにおいてです。不思議と「私」を離れ、喜びも悲しみも通り過ぎた、抜けた明るさを漂わせている「歌の中の歌」と「メキシコのブリキ絵」もまた、お互いに呼び交わす仕事なのです。










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