15 東寺伝来曼荼羅残欠(鎌倉時代/益田鈍翁旧蔵)




長辺10センチに満たぬ、この仏画片は、東寺伝来の両界曼荼羅の断簡で、益田鈍翁旧蔵、鎌倉時代の作です。

今から20数年以上も前の出来事です。鎌倉にあった甍堂を訪ねると、店主の青井さんが新聞紙ほどの大きな桐箱を持ち出し、「心して見ろ」と私に促します。こういう時は大概、私の好きな品が現れます。私は箱の大きさから、中は古画扇面類かと思っていました。蓋を取り大きな帖をめくると、何やら一部を切り取られた痕のある、曼荼羅の断簡が折り重なる様に収められています。一瞬、きれい過ぎて、「大きな印刷物の切り抜き」に見えました。しかしよく見れば、細密な絹本に描かれた、今まで見たこともない精緻な曼荼羅(仏画)の断簡です。小尊像に至るまでまったく手抜きがなく、彩色や截金を含め見事な状態が保たれています。

「鈍翁(*)旧蔵で、東寺伝来よ」と、向かい合う青井さんがこちらの反応を確かめる様につぶやきます。私からは唸り声とため息は出ますが、言葉が出ません。大きな数葉の断簡の間に紛れるように、小さく切り取られた断片もあります。

ようやくして、「全部あるの?」と私が訊くと、「イヤ、ないな」との返事。つまり「継げば再び曼荼羅に戻せる状態なのか」の問いに、「戻せない」との暗黙の応えです。「どうするんだ」と訊けば、「バラして売る」と。箱(帖)に収められ、今日まで大切に伝わってきたものをバラすのは如何にも勿体ない気もするのですが、「バラして売る」となると、懐に余裕のない私でも欲しくなります。

「高いだろう」
「高いよ」
「少し欲しい」
「どれ」
「コレ」
「イヤ、それは高木クンじゃ買えない」
「じゃあ、コレ」
「それは売りたくない」

延々と続くやり取りの末、ようやく数葉の断簡が私のものとなりました。互いに少々くたびれてはいましたが、交渉成立後の心地よい疲れです。私は夢見心地で、今後に待ち受ける支払いの算段などもうどうでも良くなっています。この断簡(帖)を落手するまでの苦労話が青井さんから訥々と語られますが、「うん、うん」と聞くだけで、何も耳に入ってきません。あれ(断簡)は表具をして……小さいのはそのままで……と、頭の中は譲ってもらった断簡のことでいっぱいでした。

あの日、譲ってもらった断簡はすべて売ってしまい、もう手元には残っていません。「それは売りたくない」と多くの断簡を秘蔵していた青井さんも、今となっては私と同じかも知れません。私の手元にはこの小片だけが残されています。

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*鈍翁(どんのう)とは、明治から昭和初期にかけて活躍した大実業家であり、近代を代表する伝説的な茶人(数寄者)である益田孝(ますだ・たかし/1848-1938)の号です。経済界における多大な功績の一方で、日本の茶道・古美術の歴史にきわめて大きな足跡を残し、後世には「千利休以来の大茶人」とまで称されています。(AIによる解説)





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*この連載は、高木孝さん監修、青花の会が運営する骨董通販サイト「seikanet」の関連企画です
https://store.kogei-seika.jp/

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