こんにちはー。骨董通販サイト「seikanet」が始まりました。3月15日からは「陶片・残欠・断簡」とマニアックな特集出品です。栗八も出品させていただいています。ぜひアクセスされてみてください。

さて、「seikanet」のスタートと同時に掲載を始めた骨董入門コラム「ゼロからの骨董入門」、「はじめに」の後篇です。これから古美術骨董を買ってみたいと思われている方、難しそうで……と、入口でためらわれている方にご一読いただければうれしいです。では、前篇の続き、「眼の力」をどのように獲得するか……についてです。

■何を選ぶ
骨董蒐集の基本は、ご自身の好きなものを、ただ選べば良いのですが、その好きなものが何なのか、よく分からなくなっているのが初心者の現状と思います。例えばです。

「部屋に花や絵のある生活が良い」「料理やお茶の時間は大切」「モダンな空間やシンプルなインテリアに憧れる」「毎日の晩酌は欠かせない」「考古学には子供の頃から興味があった」「ヤキモノ作ってみたい」「博物館や古寺巡りが好き」「お茶を点ててみたい」等々、どなたにも、何らかの好みと云うか、普段の仕事や家事以外の好きなこと、やってみたいことがあるように思います。古美術・骨董を選ぶ(見る)時も、その延長として考えていただければ良いのです。

「花や絵のある暮らし」なら手始めに花生けを。「料理やお茶」なら、好みの古陶を。「お茶を」と思われている方は、抹茶碗や菓子鉢を手はじめに。好きなこと、興味のあることの延長として、古美術や骨董を見ていただければ十分です。

古美術蒐集はもっと高尚な趣味であり、いずれは価値(財産)となるはず……。そんな風に心の片隅で思っておられる方も多いと思います。極論ですが、古美術・骨董は何か特別な価値のあるモノではありません。それを、持つ(所蔵する)人によって価値は決まります。テレビの「なんでも鑑定団」で押入から現われたオモチャが数十万円、なんて場面もありますが、それはそのようなオモチャ蒐集家にとっての価値(価格)で、それを楽しめない(喜べない)人にとっては、やはり無価値な品です。

オモチャに限らず古美術骨董もすべて同じです。「もしかしたら、お宝(高価なモノ)なのでは?」と思う人は、そのモノの持つ価値よりも価格に気持ちが動いているだけです。その道の蒐集家となってこそ、初めてその品の価値に気付く訳ですので、初心者のうちは、その品の価値など良く分からなくて当然です。「価値が分からなければ、古美術品なんて買えない」と思われる方は、気持ちのどこかに、暮らし(生き方)を楽しむためのアイテムと云う以外の動機が働いてしまっているのでしょう。蒐集への興味と共に、損をしたくない、値が高くなるかも知れない……等の計算(打算)が知らぬ間に働いているような気がします。それも蒐集を始めた頃には仕方のない気持ちではあるのですが、蒐集の手始めは、旅行や好みの服を買うのと同じ、そんな風に思われて、数多くのモノの中から、好きなことに使えそうな品を見つけてご購入いただければと思います。

■何を買う
でも、好きなことはあっても、古美術・骨董を前にすると、何が良いものなのか分からなくなってしまう……。これもまた初心者の頃は自然なことと思います。

例えばです。洋服やファッションのブランド品も様々にあります。それらの中でも皆さんが好み(好き)と思われるブランドは限られてくると思うのです。野の花でも同様です。ヤマブキやウツギの様な可憐な野花でも、突き詰めてみればご自身の好み(好き)と思うものは、しっかりとあると思うのです。それを骨董買いに例えれば「限りなく好きに近いもの」となるでしょうか……。そんな品を自由な眼で選んでいただければ良いのです。

でも、しかしです。そのような眼(気持ち)で選ばれた品が高いのか安いのか……。誰でも高く買わされるのはイヤですから、骨董の価値基準が生まれる以前の初心者の方には大いに気になる(迷う)事柄と思います。

解決方法は実に簡単で、ベテラン蒐集家も初心者の頃には実践していたことです。好みのものを選ばれ、安い気がすると感じた品を買っていただければ良いのです。安いものにニセモノが多いのはブランド品と同様ですし、真贋の判断が出来ないから、安いと思っても買えない……。お気持ちは判りますが、「安物(ヤスモノ)」と「安いと感じたもの」は違います。

ご自分の眼を信じてください。あなたが好きと思い、安いと思ったものが悪いワケがありません。安いと感じたものには、価格以上の価値をあなた自身が見つけ出した「眼の力」がそこに働いた証拠です。 最悪、安物だったとしても好いじゃないですか、そうと知った(納得できた)頃には、その品を選び取り、安物と判断できた程の方なら、支払った価格以上の財産をすでに得ているはずです。

■最後に
骨董入門とは結局、何でもありの世界みたいと思われた方もおありでしょう。そのとおりです。骨董の蒐集は百人の蒐集家がいれば百通りの蒐集がそこにはあります。皆、それぞれ顔や年齢、生まれ育ちが違うように、同じ蒐集と云うものはないのです。それぞれの方が「好きなものを選び、蒐める」を極めていただければ、いずれそこに「価値のある蒐集」が生まれるのだと思うのです。

以前に、市場で古筆切のメクリ(断簡)をまとめて仕入れたことがあります。表具もされぬままの粗末なメクリの束を価値の判らぬ私が偶然に入手させていただいたのですが、ご購入くださった多くの方から、希少な中世の歌切れ、数少ない歌人の真筆、何々切の離れ等、有意義な品を入手された喜びを寄せていただきました。

前所蔵者の方は、日々の楽しみとして、それらの品を古書店等の店頭から長い歳月をかけてひとつひとつ集めてこられたのだと思います。それらは、また様々な人のもとへ散ることとなりましたが、それを蒐め楽しみとしていたかつての所蔵者にとって、それは寂しいことではなく、むしろ誇らしく嬉しいことのように私には思えます。


上・下|唐津小皿陶片 桃山時代 最大径13cm
5枚共に唐津の窯跡から発掘された陶片で、文様の描かれている2枚は対価を払って買ったものですが、無地の3枚は、30年以上も前に私が唐津の窯場で拾ってきたものです。5枚は、食器棚の片隅に無造作に詰んであり、その時々の気分やおかずによって使い分けています。絵唐津の方が見栄えはよいのですが、無地の方が使い勝手はよく使用の頻度は多めです。どの陶片も使いはじめて20年以上は経ちますが、あらためて見ると、それほど深い味(シミ)がつくわけでもなく、どの陶片もしっとりと落ち着いた艶の釉肌となっていました。この陶片たちは、長くつきあいの続く友の様な存在です。



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