「真贋の森」の表題は、松本清張の小説にあるタイトルで、贋作作りのお話です。かつて実際におこった春峯庵や佐野乾山、永仁の壺事件等を下敷きにして、学会、マスコミをも巻き込んだ顚末を描いています。新潮文庫では『黒地の絵 傑作短編集(二)』に収録されています。興味のある方は御一読ください。

■輪線文そば猪口
この話は私が骨董屋になって数年後の出来事です。その頃は、郷里(新潟)の買い出し屋さんや馴染みの骨董屋をまわり、味の良い古民藝や伊万里等を中心に仕入れており、それらの多くは甍堂の青井さんと始めたばかりの交換会(「集芳会」という業者の市場)で売っていました。伊万里人気が急激に高まっていた時期で、新潟は古伊万里の宝庫でしたので、仕入れてくるそば猪口や小皿は面白いほどよく売れました。しかし出来の良い古伊万里は新潟でも急激に減少し始め、良品はあっても、利益の望めぬ高値で取り引きされるようになっていました。

仕入れに難儀を感じ始めていた頃、ある先輩から「四国の市場へ行ってはどうか……」と教えられました。「まだウブいものが出るらしい……」との話です。早速その市場を紹介してもらい、出かけてみると、田んぼの中に建てられた大きな倉庫が市場でした。大道具(古簞笥や家具類、欄間、襖、火鉢、甕等)は屋外に雑然と置かれており、置かれた場へと買い手が移動し競りが始まります。陶磁器や漆器等の道具類は広い倉庫(市場)の脇棚に雑然と積まれており、それらが籠(ぼて)に入れられ、順番に競り台まで流れてきます。籠(ぼて)の流れる最前列の両脇は、その市場では馴染みの業者によってすべて席が占められており、新参の私は人の折り重なる最後尾の隙間から背伸びをして競りを覗くしか方法がありません。集まっていた人数は80~100人ほどでしょう。競り台にのせられた荷が次々と競り落とされていきますが、それらのほとんどは前列の主だった買い手により落とされます。100人近い買い手が集まっていても、実際に競りに参加し、競り落とす(品を買う)業者は数名で、その業者たちの競り声次第で品は高くもなり、安く落ちたりもします。

出かける前に、知り合いである四国の先輩業者に「今度伺います」と電話で挨拶をしていました。それがあってのことかも知れませんが、その先輩業者の売り荷の中に、ウブい室町時代の懸仏数体がありました。鏡盤の残るかわいい懸仏で、今日の買い物はこれと決め、競り台に登場するのを待っていました。

いよいよ懸仏の競りとなり、皆の背後から思い切って声をかけましたが、最前から数々の品を買い落としている前列の業者が、私の(声の)上にのってきます。「3万」「5万」「10万」「15万」と競り上がり、降りる(譲る)気配がありません。「20万」と必死の私、すかさず前列から「25万」と平然とした声がかかり、勝負は十数秒で決まりました。

もし同じ懸仏が馴染みの市場に出てきたら、20万まで買ったかどうか……。大きな敗北感と疲労を感じ、私は競り場を離れ、倉庫の外でタバコを吸っていました。見ると脇の水道で若者が一人、やきものをせっせと洗っています。市場の手伝いの者でしょう、汚れた箱から埃まみれの茶碗や猪口を取り出しては、ザーザーと水をかけて粗っぽく洗っています。それらはすぐに籠(ぼて)に投げ込まれ、競り場へと運ばれて行きます。何とも新鮮な光景で、「なるほどウブい」と作業を眺めていると、箱の中から輪線文のそば猪口が出てきて洗われています。

まだ濡れているそば猪口を手に取らせてもらうと、数は10個、ざっと見たところ状態も良く、ニュウや欠けも見当たりません。それらはすぐに私の手からもぎ取られ、他の器と共に籠(ぼて)に入れられ、競り場へと持ち込まれました。大急ぎで競りの後列に戻り、件のそば猪口の登場を待ちます。輪線文猪口は他の器と一緒に籠(ぼて)ごと競りに掛けられました。数千円と会主の発句(掛け声)のあと、「10万」とすかさず私、皆が一斉にこちらを向くのがわかります。今度はひと声で狙った品を落とせました。

古伊万里の高騰していた時期です。上りの良い輪線文猪口ともなれば、東京の市場では数個、いや1個で10万の元が取れるかも知れません。有頂天になっていた私は、その後は要らぬ様な品の競りにも加わり、仕入れ資金を乱費していました。

お昼休憩の時です。会で配られたお弁当を外で食べていると、京都の先輩数名にこちらへと誘われ、食事の輪に加わりました。彼らはこの会の常連らしく、最前列に陣取っており、朝から盛んに競りに加わり数々の品を競り落としていました。

食事が済んで競り場へと戻る途中、先輩の一人がポツリと「ここはウブいもんばかりじゃないんで気をつけな……」と私にささやいて席へと戻って行きました。何のことかサッパリ意味がわかりませんでしたが、その時は「ウブくない業者の荷も当然入っているのだろう」程度に思っていました。

四国での仕入れを終え、数点の戦利品(余計な買い物)をかかえて店に戻り、さて、と風呂敷をほどき新聞紙に包んでいた件の輪線文そば猪口を取り出した時です。「ここはウブいもんばかりじゃない」と声をかけてくれた先輩の言葉の意味がわかりました。そば猪口は、まったくの新物(アラモノ)です。なぜこんな品に心が騒いだのか、有頂天になって次々と要らぬ品まで買っていたのか……。先輩の親切な忠告は、掘り出し根性で浮かれていた私にはまったく届いていなかったのです。

今回はここまでです。いかがでしたか。長くなりましたが私の慢心が招いた失敗談です。件の「輪線文そば猪口」は早々に東京の市場で処分しました。私自身はすでにアラモノ(ニセモノ)との確信がありましたので、いくらでも売れれば良いと云う気持ちでしたが、案外高値まで競り上がり、買い落とされた業者さんには申し訳ない気持ちでした。たぶん、私が新潟で仕入れてきたウブ荷と思い競ってくれたのでしょう。

その後しばらくすると、初期伊万里や盛期伊万里の優品に次々と巧妙な贋作が登場する様になり、伊万里相場は急激に下がり始めました。現在、心ある業者間では贋作伊万里に関する理解が深まり、そのような品が紛れ込む余地はないのですが、伊万里相場の低迷はいまだに続いています。それは、贋作伊万里の淘汰(骨董市場からの本格的な排除)が、まだ完全に済んでいないことを意味しているように思えます。


唐津鉄絵香合 桃山時代 高3cm 「古唐津・古武雄」展(九州国立博物館)出品・図録所載

桃山古陶の香合は美濃(志野・織部)では比較的数も多いのですが、唐津ではほとんど見たことがありません。理由を知りませんが面白い現象と思います。そんな数少ない唐津の香合を持っています。センスの良い箱に収まり、釉肌も鉄絵の発色もまことに美しい伝世品ですが、惜しいことに蓋の縁に割れ継ぎの補修があります。まあ、数少ない唐津香合ともなれば贅沢も云えないでしょう。さて、この香合、蓋の鉄絵文が私にはアルファベットの「A」に見えるのですが……。図録には「A」と読めぬ逆方向からの写真が載っています。でも「A」に見えますよねー。


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