渡邊君がやってくる1年ほど前、ヤフオクを始めるきっかけとなった出来事があります。

■バブルのあと
年に1度開催する「民藝展」には驚くほど多くのお客さまが来てくれましたが、店に訪ねて来るお客さまはほとんどありません。骨董の月刊誌に店の広告は出していたのですが、六本木の路地奥で、畳三畳ほどの店先に売れ残りの様な品が数点並ぶだけの店では、お客さまにとっては、何の魅力も感じられなかったのだと思います。その頃は、仕入れてきた荷の多くは、業者の交換会(市場)で売り、わずかな利を得て店の維持や生活費に充てていました。

日本はバブルがはじけた直後で、実体経済にも大きな陰りの見え始めた頃です。好調な売れ行きを見せていた骨董の売買もピタリと停滞し、急激に失速していました。市場等で1万円で仕入れた品が、次の市場へ持ち込めば5千円にしかならないと云う現実です。骨董を買いたい人が減り、売れるものがなくなって行った時代で、かろうじて伊万里人気だけが骨董界を支えていた印象です。私が好んで扱っていた考古や仏教美術などは、まだ蒐集家には広く普及しておらず、コアな蒐集家はいたでしょうが、私の所蔵品を見てもらう機会も手段もありませんでした。唯一、毎月出版される骨董誌に載せた広告写真だけが店を知ってもらう手段でした。

気持ちのどこかに焦りはあっても、何をどうすれば好転するのか……立ち止まって考える余裕もなく毎月の家賃や会の支払いが迫り、金策に追われる日々でした。その頃盛んになっていた消費者金融にこそ頼りませんでしたが、国民金融公庫(現日本政策金融公庫)や銀行の小口融資、カードローンなど、借りられるお金は最大限に借りながらの綱渡りが続いていました。同業者の中でも、自己破産や、「あの人は危ない……」との噂話が交わされる様になっていましたが、それは他人事ではなく、明日の私自身でした。

■きっかけ
その日は、奈良の市場へ出かけていました。宿泊代を浮かすため、前日の深夜に東京を発って、会の始まる前に会場へ着きます。普段は途中のサービエリアで数時間の仮眠をとるのですが、その日は春の雪の影響で東名高速道路で渋滞が起き、仮眠もとれぬまま会場のホテルに着きました。睡眠も食事もとれぬまま慌ただしく荷を出品したのですが、結果は惨敗でした。売れ行きは仕入れ値にも及ばす、遠出の交通費さえ出せません。

すっかり気落ちし、ひと息入れようと会場を抜け出し、ロビーで休憩していました。前方のソファで、同業の先輩が一人でノートパソコンを開いて何やらやっています。骨董の市場でパソコンを使う同業を見たのは初めてで、興味はあったのですが、親しく言葉を交わしたことのない先輩でしたし、気落ちもあり、私はそのままうたた寝をしていました。

目覚めると、目の前の先輩はまだパソコンを開いています。やはり気になります。「何をされてるんですか?」と訊ねてみました。会にきて、会にも参加せず、ずっとパソコンで何をされてるんですか、的な意味合いですね。「あー今ね、骨董を売ってるんだよー」との応えです。さっぱり意味が分かりません。私がキョトンとした顔をしていたのでしょう。「パソコンはね。ここに居て全国と商いができるんだよ」と親切に教えてくれます。「ほら」と言って見せてくれたのですが、こんな小さな写真で、しかも実物も見ずに……「売れるんですかー」。素直な私の感想です。「Yahoo!オークションと云ってね、それが売れるんだよ」と先輩。今では専門のスタッフまで雇っているとのこと、驚きました。「へー」と応えたものの、パソコンの何たるかさえ知りません。それ以上に会話は発展せず、「では……」と挨拶を交わし、私は会場へと戻りました。

ヤフオク「kurihati88」 誕生までの顚末、次が最終回です。


志野織部南蛮文角鉢 江戸時代 23.5×18.5cm

江戸後期の美濃角鉢と思われ、安政の年号の書かれた時代箱に収まる伝世品です。タペストリーの様な西洋文を模したと思われる珍しい意匠で、箱には「安南焼 角鉢」と書かれています。初期伊万里の青磁大鉢の箱にも「安南鉢」と書かれている例を見たことがありますので、安南風と云った程度の意味なのかも知れませんが、初見の意匠で珍しさもあり、仕入れてのち長く所蔵していました。

今回、青花ブログの撮影用にこの鉢を選び、ウブな箱も一緒に撮ってもらうため、器の下に敷かれていた古紙を外したところ、その下からもう1枚、さらに古びた和紙が折り畳まれた状態で出てきました。かつては箱の包み紙であった様で、「安南長角鉢 壱」とあり、裏には「無窮亭蔵」と書かれています。

このブログが青花ネットに載る頃に発刊される『工芸青花』17号に、無窮亭(河瀬虎三郎)の特集記事があるときいています。まるで、そのタイミングを見計らった様に現れた無窮亭旧蔵品。撮影の菅野さん共々、その偶然(奇縁)に喜び、驚いた次第です。









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