前回まで、私自身の贋作買いの顚末を書かせてもらいました。骨董蒐集に真贋問題はつきもので、「偽物があるから本物があるのさ」と青山二郎は語っていたと、秦秀雄が書いています。また「3000円で30万円の古九谷を買おうとするやつ自体がニセモノだよ」とも語っていたそうです。何とも明快な言葉で、骨董と蒐集の関係性を伝えていると思います。私も氏の言葉に大賛成です。

これは古美術骨董に限らず云えることでしょうが、偽物があってこそ本物が輝きます。偽物を摑んでしまった落胆と悲哀……わかります。しかし偽物の紛れ込まない骨董蒐集など、実に平坦でつまらぬものでしょう。真贋の森に分け入り、見る者を羨望させる様な獲物を得て帰る。これこそが優れたコレクターの夢見る世界なのです。

しかし、初心者の頃に、真贋の森へ踏み込み、羨望の的となる様な収穫を得るなど、空想の世界でしかあり得ませんね。初心者だからこそ、ケガ(贋作を買うこと)をしないよう、信頼のおける骨董店で店主の奨める品をまずコツコツと買い、「やがて経験と知識を積んでから……」、そう思っているあなたのバランス感覚は正しいと思います。一流品の蒐集は、一流店でその品に見合う対価を払いさえすれば実現可能です。でも、それだけでは骨董蒐集の醍醐味は味わえません。骨董蒐集の奥深い楽しみは、真贋の森へと分け入った先にこそ待っているものかも知れません。

しかし、何も知らぬ初心者だからこそ、「今は、とても……」と思われるでしょう。「騙されたり、損をしたりするのはイヤだ……」、その気持ちも判ります。今あなたが必要としているのは、そうならぬ歩み方を身につけることですね。その方法は、意外と身近にあります。以下は、皆さんより少しだけ長く経験と冒険を重ねてきた先輩の弁として聞いてください。

■良い蒐集家
一流と云われるお店は、店主の見識の高さも一流であればこそ一流なのです。つまり、その様なお店は贋作の入り込む余地などはなく、取り扱う品も一流ですから、その点で云えば、見せてもらった品の中から身の丈に合う(気に入った)品を買わせてもらい、それを続けていれば一流のコレクションが自ずと形成されていくことになります。つまり、名の通った一流店で一流品を買っていれば、まず間違いは起きません。

しかし……です。古美術骨董の魅力に目覚めた、時代の寵児と呼ばれる様な方が、時々名品と共に新星コレクターとして骨董界や世間を賑わしますが、そのような方は、大概が超のつく一流店で、超のつく逸品を、潤沢な資金力を行使して買われています。優れた趣味人とマスコミにも取り上げられ、骨董界や世間の話題をしばらくはさらうのですが、やがて本人の熱も冷め、大概は知らぬ間にフェードアウトしてしまいます。「あの名品はどうなった……」と云うパターンですね。これでは、羨望に価する蒐集家の参考(お手本)とは、とても云えません。

つまり、いくら骨董にお金を使っても、継続可能でワクワクドキドキの熱い蒐集家ライフまでは、一流骨董店と云えども保証はしてくれないのです。では、知識も経験も資金も乏しい初心者が、迷路に迷い込まずに熱くなれる蒐集家ライフは、いったいどこにあり、どうやって出会えば良いのか、と云う問題です。

結論から云えば、なければあなた自身が作り上げていけば良いのです。かつて骨董品はお店から買っていたものですが、最近は骨董市、展示会等の催事や、ヤフオク等のネットでもっぱら買われている方もいるかも知れませんね。それはそれで満足と充実の蒐集なら何も申し上げる必要はないのですが、もう一歩進んだ、本当の意味での蒐集の醍醐味や楽しみは、「良い骨董屋」との付き合いを抜きにしてはなかなか生まれにくいのも事実です。

蒐集の入り口は、初心者の頃なら気楽なヤフオクや催事、もちろん青花ネットからでも大いにありですが、その先の、良い骨董屋さんを見つけて良い付き合いを続けるとなると、何をどう進めていけば良いのか、初心者には暗中模索でしょう。さらに云えば、どんなお店が「良い骨董屋」なのか……なんて分からないですよねー。蒐集初心者にとっての「良い骨董屋」の見分け方は、実はあります。

■良い骨董屋
世間一般の骨董屋のイメージと云えば、何も知らぬ善良な小金持ちを相手に、さほど価値のないモノを、さも価値がある様に言いくるめ、少しでも高く売りつけようとする輩。まあ、安易なサスペンスドラマに出てきそうな悪徳骨董屋と云えば、そんなパターンでしょう。

では、実際の骨董屋はどうでしょう。最近では、古美術骨董が好きで、人脈や経験もないままこの世界に入ってこられた人たちが意外と多いのです。その様な人たちは、まだ資金も人脈も乏しく、自身の眼が惚れ込んだモノを前にして、売れる保証もあてもなく、買値に逡巡し、明日からの生活費や資金繰りを案じながら、「それでも」と自身に言い聞かせて、その1点を仕入れている人たちです。

ある程度年季の入った骨董屋なら顧客もあり、仕入れた品の販路にも一定の目処がついている場合もあるのですが、数年前に好きで始めた骨董屋には、あてにできそうな顧客がまだありません。業者間同士の付き合いにも乏しく、売買のノウハウさえ知りません。つまり、骨董屋としては初心者な訳です。

もし、あなたが蒐集家として初心者なら、その様な骨董屋さんこそ、あなたにとって「良い骨董屋」となる可能性が高いのです。催事でも、青花ネットでも、お店でも、その様なあなたと同じ初心者骨董屋に出合うことができ、付き合いを始められたら、蒐集家としては大きな掘り出し物であり、これからの熱い蒐集家ライフはほぼ保証されたと云えます。

骨董品を探す前に、骨董屋を探す、みたいな話で、何だかややこしいですね(笑)。「そんな、何を訊いても半端な知識で、まして選べるほどの品も揃えられない初心者骨董屋との付き合いでは、良い蒐集家人生など始まりようがない……」と思われてしまうかも知れませんが、初心者にそう思わせるところに、実は骨董蒐集の大きな落とし穴があります。

年寄りの話は回りくどくていけませんね、お許しください。まだ話は長くなりそうです。続きは次回にさせてもらいましょう。


大津絵十三仏 江戸時代 55×23.5cm

大津絵は、江戸時代に旅の土産として街道沿い(大津)で売られていた、安価な民衆画です。戦前に柳宗悦氏等、民藝派の方々がその魅力を発見し、「素朴美」と称賛し、数多くの著書でも取り上げていますが、骨董蒐集の対象としてはまだ傍流でした。戦後の高度成長期、サラリーマン骨董と云われた蒐集ブームの中で、瀬戸石皿と共に大津絵も民藝美術の象徴として人気が広まり、現在では多くの蒐集家に望まれる不動の地位を得るまでになりました。

「大津絵」に関しては、苦い思い出があります。骨董屋を始めた頃、郷里の新潟で、ウブ出し屋さんの荷の中から、時々は大津絵を見つけて仕入れ、東京の市場等で売っていました。「藤娘」や「奴」が十数万円で売買された時代で、市場でも大津絵を競る(買う)業者の数はまだ知れたものでした。商品として扱う(商う)業者も少なく、古伊万里、李朝等の磁器ものが全盛でした。

ある日、青井さんや勝見さんと主宰する私たちの市場(集芳会)に、大津絵の「五重塔」が出てきました。額装されたメクリ(絵のみ)の状態で、図録にある、あの図柄です。「よくぞ持ってきてくれた」と、すっかり舞い上がってしまった私は、良く確かめもせず競りに加わりました。私の他に2、3人の競りの応酬が続きました。「3万円」。様子見の安価から始まった競り値は、またたく間に「10万!」、すぐに「15万!」と声が続きます。「30万!」の私の声で競りは止まりました。あの「五重塔」が30万円なら安い買いものです。初見の品で、裏の閉じられた額に入った状態では、皆半信半疑の競りとなるのも当然でした。

会から持ち帰って、塞がれていた額の裏を開け、直かに見れば明らかな贋作でした。「こんな大津絵が、今どき売りものである訳がない……」のです。顔料の塗られた下地にわざとらしいシワがあり、絵の顔料も一部が剥落し、それらしい「古び」を演出しています。

しばらく後の会に、件の「五重塔」を持ち込みました。もう先の2人は競りに加わらず、数万円の値でそれは買われていきました。安い買いもののつもりが、大損です。今でも時々、「五重塔」以外でも、その手のメクリ大津絵の贋作を見かけます。筆は巧みで、太くやわらかな線にも味わいがあり、それはそれで、かわいい「素朴絵」と云えなくもありませんが、私はもう安くても買いません。

掲載の「十三仏」は、初期大津絵としては状態も良く、ウブ表装のままで、うれしい仕入れでした。近年、東北の旧家から見つかった1点です。まだまだ日本の蔵は深いですね。あっ、これはホンモノです。



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