撮影|森岡督行(2点とも)

5月1日(金)

今日も自宅で仕事。和光のイラストを描き直す。筆圧の関係から、徐々に、マッキーが筆記用具として一番あっていることがわかってきた。マッキーでも油性と水性があるが水性の方が良い。


5月2日(土)

午前、『芸術新潮』編集部から届いた校正で、静物画探検隊の諏訪敦さんと渡辺晋輔さんの対談を読む。とくに印象に残ったのは、西洋美術史における静物画は、実はジャンル的に、ヒエラルキーの最下位に位置するという以下の内容。「15世紀ルネサンス以降のヒエラルキーははっきりしていて、歴史画(宗教画、神話画)、肖像画、風俗画という順番。その下が風景画、静物画。人間の姿は神にもっとも近いとされ、神話画に描かれる神々や宗教画に登場する聖人は尊ばれた。なにより絵の中に物語があることが重要視された。歴史画の中にも、物語の背景をなす風景や静物が描かれたが、単独で描かれるようになるのはもっと後のこと。美術史家の故若桑みどりさんによると、ルネサンス以後17世紀に至るまでの過程で、神さま中心の世界は次第に人間中心になり、人々が現実世界に目を向けるようになった。一般社会のこうした傾向と、風景画と静物画の誕生は軌を一にしている」。なにより、絵の中に物語があることが重要視されたというのが興味深い。この系譜のなかにあって、諏訪さんは、どんな静物画を描いているのだろう。200年前と今のガラスの違いを描きわけるのはもちろんのこと、そこに絵画としての新規性は見つかるのだろうか。緊急事態宣言下で静物画に向き合っている諏訪さんの姿を思い浮かべる。


5月5日(火)

午後、東京都を対象とした緊急事態宣言の期間が月末まで延長になる。また、それにあわせて学校も5月7日から5月31日まで臨時休業になる。自分の娘の学校活動もZoomでのオンライン授業が連休明けから導入されるという。Zoomにて今後の森岡書店の運営について相談を行う。このままコロナ禍が続いたら資金が尽きる日が必ず来る。いっそのこと早めにリアル店舗を閉店して、次の何事かを模索するという意見も出る。


5月6日(水)

午後、国の持続化給付金の申請をオンラインで行う。2019年の確定申告書類、対象月の売上台帳、通帳のコピーを添付して送信する。4月の売上が0円に等しいので200万円の支給を希望する。ただ、書店は給付対象に入っていない。教科書を販売する社会的役割があるためだという。これがあるとないとでは、私のような規模の店では、展開が違ってくる。書店という名前だが、イベント会場としての要素が強いことを伝える。


5月8日(金)

浅草橋駅で下車してシモジマへ。予約販売を受け付けている写真集を発送するための梱包用ダンボールを探す。ちょうどいいサイズのものがあったがサンプルのみだったので、取り寄せをお願いする。オンラインでの販売取引が増していてダンボールの在庫が不足しているという。シモジマを出たところで、デザイナーのMさんと遭遇する。コロナ禍の影響といつ収束するかなどを話す。私は6月末ぐらいには終わってほしいと希望的観測を述べる。


5月10日(日)

小池知事が休業要請に応じた事業者に対して最大100万円の「協力金」を支給することを決めたという。正直いってさまざまな給付金を合計すると、小店の場合、約1000万円分の売上をカバーすることはできる。展示会会場という分野に入れてほしい。7月くらいには収束してほしい。


5月11日(月)

午前、いまかいまかとトラックが来るのを待つ。いよいよ伊藤昊写真集『GINZA TOKYO 1964』が富山から届く。インスタライブにて箱から取り出す様子を公開する。少しでも関心を持ってもらえたら。


5月13日(水)

終日、店内にて、伊藤昊写真集の発送作業を行う。予約をしてくださったお客様、ありがとうございます。写真集を出版していなかったら、そもそも販売するものが無かった。梱包して伝票を書いて。いま働くことができるのはありがたい。


5月14日(木)

午後、ライターの山村光春さんに『GINZA TOKYO 1964』の取材をしていただく。写真集のことだけでなく運営についても。コロナ禍のなかにあって、リアル店舗のあり方は実にむずかしいが、オンラインのトークイベントなどをまずは開催していきたい。それを課金制にすればここに活路があるかもしれない。書店は委託販売が基本だが、今後は、伊藤昊写真集のように、森岡書店出版物を増やす必要があるだろう。もともと利益率をあげる必要があった。そういえば、山村さんには、東日本大震災の直後にも取材をしてもらった。有事の際に山村さんはやってくる。その後、京橋公園のベンチに座って、Zoomにて、フリーライターのKさんからのオンライン取材。いまにあっておすすめしたい東京のレストラン3選がテーマ。『BRUTUS』で紹介する。これからはより野生のカンが求められると思うから、それが養えるような料理を出してくれる観点から考えてみる。


5月15日(金)

午後、人のいない銀座通りを歩いて銀座2丁目のヨネイビルのアンリ・シャルパンティエへ。休業中なのはHPを見て知っていたが、誰一人としてこのお店にお客さんがいないのはいかにも寂しい。扉が半分開いているので、「どなたかいらっしゃいませんか」と言うとスタッフの方が出て来てくださった。ここのカフェの窓からは柳が見えたような記憶があるが、それが本当かどうか確認したかった。快く通してくださる。窓からは、柳が、何事もないように揺れて見えた。風が出てきて、その柳は、大きくしなって流れるようになっていった。その曲線と線の細さに、銀座にゆかりのある北原白秋や福原信三、小村雪岱は女性の美しさを重ねて見ていたのだろう。


5月20日(水)

『GINZA TOKYO 1964』を100万円分購入したいと申し出てくださったAさんがご来店。近所の BONGEN COFFEE を飲みながら、1枚1枚、写真の背景を説明する。Aさんは、この写真集を社員や取引先などに配布して、コロナ禍からの復活とその先にあるものを考えるきっかけにしたいと言う。そんなふうにとらえてもらえるのなら本望であり、あらためてお礼を述べる。明日、息子さんの名義で、銀行に入金してくださることになった。


5月21日(木)

午前、銀行の口座に本当に100万円分の入金がある。こうして求めてくださる人がいることにあらためて感謝する。写真集を出版したかいがあった。


5月27日(水)

14時、月光荘の日比康造さんと壹番館洋服店へ。はじめて壹番館の敷居を跨ぐ。壹番館の渡辺新さんに伊藤昊の写真について話をする。


5月28日(木)

夜、Aさんから電話があり相談があるという。もしかしたら追加で写真集をご購入くださるのかもしれない、と期待したが、Aさんは、こう言った。「100万円返してほしい」「会社がもたない」。電話の向こうでAさんは泣いていた。


5月30日(土)

15時、銀座2丁目の十一房珈琲店へ。『BRUTUS』40周年のインタビュー企画で、自分史上最高BRUTUSがテーマ。1993年11月15日号「独創空間に住みたい」を挙げさせていただく。高校生だった頃、地元の山形で読んだ。代官山のパーフェクト・ルームというマンションに住む人を都築響一さんが取材していた。好きなことをして生きている人を見たような気がした。





前の日記へ
トップへ戻る ▲