
18 as it is と無言館


かつて千葉にある坂田さんの美術館 as it is を訪ねた折に、前に訪ねたことのあるような既視感を覚えました。
中村好文氏の設計した as it is は、地元の土を塗り固めた土壁に囲まれた小さな美術館で、山道の風景に溶け込むように、静かで美しい佇まいをしています。「as it is」と小さなサイン(看板)のある入口の扉を開けて中に入れば、広く高さのある無装飾な(薄い土壁色の空間)が迎えてくれます。使い古された味わいの(かといって古さを感じさせない)厚い床板の踏み心地も良く、穏やかな空気が、訪ねた私を迎えてくれます。入口の脇には数冊の書物の並ぶ棚と小さな受付カウンターがあります。壁と床には、(絶妙な距離感を保って)ポツリポツリと坂田さんが蒐めた品が置かれています。ここ(as it is)には、展示ケースも展示台もありません。ここが美術館と呼ばれる以前から、そこにあったように、ただ置かれています。まさに「as it is(あるがまま)」です。
琉球畳の敷かれた小さな茶室風の和室と、小さな窓から外光の入る中2階があり、そこにも坂田さんの蒐められた「何か」がただ置かれています。
1階の展示スペースに戻れば、奥の大きなガラス戸の前に、椅子とテーブルが置かれており、そこで美味しいコーヒーが飲めます。ガラス戸の向こうにはシンプルな庭が広がります。建物の周りにある自然を(簡単な柵を置いただけで)仕切ったような、一体化した庭ですが、季節に咲く小さな花も、枝を伸ばす木々も、どれかひとつが強い主張を生まぬよう、注意深く整えられて(選ばれて)いるような心づかいが感じられました。
as it is で感じた「この落ち着いた空気の美術館にかつて入った事がある」との想いは、それが何処だったか思い出せぬまま長い時を過ごしてきました。
最近、偶然目に止まったテレビ番組で窪島誠一郎氏が映っており、ロケ地は氏が建てた上田市の美術館「無言館」でした。「ああ、無言館だったか......」。私は既視感の正体を知ったように思え、それを確かめるために、無言館をもう一度訪ねてみることにしました。
無言館は「戦没画学生慰霊美術館無言館」と云います。太平洋戦争(第2次世界大戦)中に画学生であった(あるいは画家を志して絵を描いていた)若者たちの中で、戦没した学生たちが生前に描いていた絵を展示する美術館です。
ここにある絵は、当然ですが、彼らの生前の作で、家族の団欒や自画像、果物等の静物、身近な野山や町の風景画が並び、戦争の悲惨さは感じられません。しかし、彼らにこれ以降の絵はありません。皆20代の若者でしたが、以降(戦後)の絵を遺せた人は一人もいないのです。無言館にある全ての絵の作者(画学生)が戦死しています。無言館でもらうリーフレットには、「口をつぐめ、眸をあけよ、見えぬものを見、聞こえぬ声をきくために」と書かれています。
無言館を(自費で)建てた窪島誠一郎氏は、作家水上勉の実子ですが、幼少期に家の貧しさから養子に出され、高校卒業後は様々な職業を経て独立し、スナックや深夜喫茶のチェーン店を経営する実業家として成功します。氏はその資金を元に、画家野見山暁治氏と共に戦没画学生の遺族を訪ね、彼らの遺した絵を一点一点蒐めて行き、無言館を設立しています。
無言館を私が再び訪ねたのは残暑の残る9月で、無言館へと続く長いアプローチの木々は雨の中で瑞々しく茂っていました。平日にもかかわらず館内には多くの来館者があり、静かな中にも賑わいが感じられ、数十年前に訪ねた折の空間(館内)に漂っていた、厳しさややさしさ、寂寥を感じることはできませんでした。as it is で、私をとらえた既視感は私の思い込みだったのか……。
こうなると、as it is での既視感の正体を確かめずにはいられません(私は、坂田さんがas it is を設立した動機に対して、ひとつの仮説がありました)。友人に頼んで as it is まで車を走らせてもらったのは先月(10月)のことです。千葉の山道は先の台風と豪雨の被害が所々に残り、木々はわずかに紅葉していました。
久しぶりに訪ねた as it is は、かつてのままで何も変わらぬ佇まいです。扉を開けて中に入り、「ああ、やはり似てる」と感じました。多くの来訪者で賑わっていた無言館ですが、as it is の来館者は私と友人の二人です。でも、無言館での来館者を消し去れば、此処(as it is)と無言館は、地続きのような空気が流れていると私には感じられます。
なるほど、坂田さんは無言館の存在を知って as it is を建てたのだ(坂田さんは無言館のコンセプトを得て as it is を建てた)と私は確信し、この原稿を書き始めました。
ところが調べてみると、無言館設立は1997年(平成9年)、as it is 設立は1994年(平成6年)。坂田さんの as it is のほうが、無言館より開館は早いのです。どうやら、私の仮説は振り出しに戻ったようです。

*この連載は、高木孝さん監修、青花の会が運営する骨董通販サイト「seikanet」の関連企画です
https://store.kogei-seika.jp/
