〈真新しい芸術観のコスモポリス的な都市となったニューヨークにおいて、川端実は、人生の後半五十代から新たにしかも水を得た魚の如くにその画業を展開させていった、また一人の自由なコスモポリタンでありました〉(原田治)。このたび御遺族の御協力のもと、抽象画家・川端実(1911−2001)の小品約20点を展示販売します。


会期|7月26・27・28・29日(木金土日)
   8月2・3・4・5日(木金土日)
   8月9・10・11・12日(木金土日)
   *7月26日は青花会員と御同伴者のみ
時間|13-19時
会場|工芸青花
   東京都新宿区横寺町31-13 一水寮101(神楽坂)
監修|井出幸亮
協力|ギャラリーM







川端実 かわばた・みのる/1911-2001
画家。日本画家の川端玉章と川端茂章を祖父と父に持つ。東京美術学校(現東京芸大)で藤島武二に師事。1939年、滞在中のパリから第二次世界大戦勃発によりニューヨークへ。 その後イタリアから再びフランスに戻るが、戦争拡大のため41年イタリア経由で帰国。58年よりニューヨークへ移住。同年、グッゲンハイム国際展個人表彰名誉賞受賞。 ニューヨークニュースクールフォアソシアルリサーチ絵画部教授として教鞭を執りながら、ベティ・パーソンズ・ギャラリーを始め、世界各地で展覧会を開催。 92年京都国立近代美術館と大原美術館で個展。


1950年代「ニューヨーク・スクール」に参加した日本人画家・川端実が遺したもの。   井出幸亮


「幻の〜」という“常套句”の濫用はあまり好ましくないのですが、川端実(1911-2001)という画家について語る時、こと日本においては、この表現を用いることもあながちアンフェアではないという気がします。川端はその90年の生涯の内、約40年にわたりニューヨークを拠点に活動し、国内ではただ1冊の作品集を刊行することもなかったため、その業績は長らく一部の人々に知られるのみに留まっていましたが、没後10年となる2011年に横須賀美術館で開催された回顧展「生誕100年 川端実展 東京—ニューヨーク」を機に、知られざるその画業と世界的な作家としての地位が改めて“発見”されるに至ったアーティストです。

1911年東京に生まれ、日本画家の祖父・父の元で育った川端でしたが、早くから洋画を志し、戦前よりパリ、ニューヨークに学んでいます。戦後、50年代後半より具象画から抽象画へと作風を変化させていた川端は58年に再び渡米、ニューヨークへと移住します。折しも当時のニューヨークは、すでに世界のアートシーンに爆発的な影響を与えていた革新的な絵画のムーヴメント「抽象表現主義」における“震源地”として最高潮の時期にありました。

ジャクソン・ポロック、マーク・ロスコ、ウィレム・デ・クーニング、バーネット・ニューマン、フランツ・クライン、ロバート・マザウェル、エルスワース・ケリー……「ニューヨーク・スクール」とも呼ばれ、この運動を牽引した綺羅星のごときアーティストたちが開拓した、革新的な絵画表現——超大型キャンバスの使用、上下左右なく抽象的イメージが画面を均一に覆う「オール・オーバー」、描画の“痕跡”の重視など——は、19世紀以来の世界の美術の中心地をパリからニューヨークへと一変させました。

そして、上記の抽象表現主義のパイオニアである画家たちを擁し、その運動を世界に向けて強力にプロモートし続けた推進役となったのが、画商ベティ・パーソンズ女史のギャラリーでした。ニューヨークに渡った川端もまた彼女のギャラリーの契約作家となり、旺盛な活動を展開。60年の初個展からパーソンズが亡くなる82年まで、11回にわたり同画廊にて個展を行っています。

50年代のニューヨークではすでに岡田謙三、猪熊弦一郎らの日本人作家が活動していましたが、彼らよりやや遅れて渡米した川端は先述の「ニューヨーク・スクール」に本格的に参加し、仲間入りを果たした数少ない日本人の一人として、先人に劣らぬ大きな活躍を見せたと言えるでしょう。その後、60年代に入り同地へ渡ることになる荒川修作、河原温、篠原有司男といった美術家たちと、前述の岡田、猪熊たちの年齡差が30年以上に及ぶことを考えれば、その狭間の世代にあたる川端の特異なポジションはより際立って感じられます。

大型のキャンバスを埋め尽くす鮮烈な色彩、余剰を削ぎ落としたシンプルな構成、大胆なストローク。川端の絵画作品は、抽象表現主義において「カラーフィールド・ペインティング」と呼ばれた一群の絵画の特徴を備えています。そして川端はその後、60年代以後のアートシーンに台頭しては更新されていったさまざまな潮流——ポップ・アート、ネオ・ダダ、コンセプチュアル・アートなど——とは一線を画し、自らの作風をさらに深化させながら、94年に帰国するまで、時流に一切迎合することなく活動を続けました。

イラストレーターの原田治(彼は幼少時、渡米前の川端に絵画を教わった弟子の一人です)が中心となり、92年に刊行された書籍『KAWABATA IN NEW YORK/ニューヨークの川端実』(コージー本舗出版部)は、当時すでに80歳を迎えていた川端の現地での暮らしと未だ旺盛な作品制作の様子を収めた貴重な記録となっています。「名もない新人もキャリアのある画家も同じ立場で評価されるのがいい」とニューヨークにこだわり続けた老画家のストイックかつスマートな佇まいは、その体軀のどこかに潜む“江戸っ子”気質のようなものを感じさせます。

この度、「工芸青花」において、川端実のご遺族のご協力を得て、彼が長い画業の中で遺した貴重な作品群の中から新たにセレクトした絵画作品を展示/販売します。一般的に、こうした抽象絵画は「ホワイトキューブ」としてのギャラリー空間で展示されるのが常ですが、今回は通常、骨董や工芸を中心に展示を行っている、建具や格子などのディテールに和の伝統とモダニズムを感じさせる「一水寮」の空間にそれらを配置し、これまでにない提案を試みてみたいと思います。

平面そのものを主役とし、絵画的イリュージョンを排して即物的な形態を打ち出した抽象表現主義の絵画は、その存在感において観客を包み込み、空間の質を変容させるという点において、後年に登場するインスタレーション表現の出発点とも考えられ、その意味で工芸や骨董における「美」との共通性をもその中に孕んでいます。歴史的な批評のコンテクストを一旦取り払い、作品を「直下に見る」ことで生じた新たな魅力を捉え、生活空間の中に配置し、その変容の契機とする行為は、単にコレクションとして絵画を蒐集することで既存の価値体系の踏襲と保存に務めること以上に、21世紀という時代における創造性のリアリティを顕にするでしょう。いやそこにこそ、川端実の追い求めた世界がほの見えてくるかもしれません。かつてあったものの「幻」でなく、「今ここにある」新たな川端実が体験できる場になればと願う次第です。






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