撮影|高木崇雄
ブリキ絵を探しにメキシコに行っている間は、だいたいタコスを食べて過ごします。どの街でも広場や市場に近づくと道端に屋台が出ているので、適当に注文して、目の前で焼いてもらう。手渡されたタコスに、無造作に切ってざるに盛られたライムをたくさん絞り、唐辛子のソースをかけると、とてもおいしい。ただ、量は多いし、標高が高い地域のせいか、すぐにお腹がいっぱいになるので、胃腸の調子を保つのが難しい。そんな時、メキシコのスーパーマーケットでも手軽に買えるヤクルトを飲むのが助けになります。

ヤクルトといえば、古いものや蒸篭などを探しに台湾や香港に行くと、正規品のヤクルトもあるけれど、容器の形はほぼそのままで、サイズがぐっと大きくなった「野良ヤクルト」的な飲みものが売られているのを目にします。メキシコではヤクルト以外の乳酸菌飲料はごく普通に直方体の紙パックに入っているだけですが、これらの地域では形まで模したものが多い。ヤクルトの容器はもちろん剣持勇によるデザインなので、意匠権を無視した製品なのでしょうが、野良であってもその姿を見ればごく当然に、なかに甘い乳酸菌飲料が入っていることを期待するし、じっさい想像に近い味がします。面白いので見かけるたびに適当に買って、当たり前のように口に貼られたフィルムを剥がし、口をつけて飲んでいるのですが、不思議だなとも思うのです。なぜ僕は、この飲み物が乳酸菌飲料だとわかるのか。そしてなぜ、この形が乳酸菌飲料のシンボルとなっているのか。

実際のところ、飲みやすい形というわけでもない。ただ、こどもの頃、ヤクルトをコップに移し替えて飲んだことがありますが、なんだか別のものを飲んでいるような妙な気分になったことは覚えています。ヤクルトを飲む、というのはこの口の狭さや、飲み終えた容器で工作をしたことなどの体験といっしょに記憶されているのでしょう。そしてまた、キレイな形とも言い難い。剣持勇といえばジャパニーズ・モダン、という呼称が使われますが、ヤクルトはモダンというよりもむしろ、中国の古い壺を連想させ、剣持が仙台の国立工芸指導所において工芸=工業を学んだ時代の考え方である「倣古」へ先祖返りした気配すらします。この姿から僕がなんとなく連想するのは、艾未未による、漢時代の壺にコカ・コーラのロゴを描いた作品です。漢時代というとつい構えてしまいますが、当時はそれなりに貴重でありつつも量産品です。艾未未は、漢という時代の普遍と二十世紀の普遍をあらためて結びつけ、個として提示し、剣持勇のヤクルトは、個人が生み出した形が工業製品として量産され、個にとどまることなく、時代の普遍となった姿を示している。ベクトルの向きは全く逆ですが、個人と社会との間で往還し、共有される「普遍」にまつわる仕事という点では同じではないだろうか、と思ってしまいます。社会から個人へ向かえば美術となり、個人から社会へ向かえば工芸=工業となるのだろうか、と。

いずれにせよ、一九六九年に作られ、五十年というそう長くもない時間を通じて、ヤクルト容器の形は僕らの時代における一つの普遍となっています。いまさらそれを剣持勇という個人に帰する必要もない。この上なく有名なデザインでありながら、もはやこれ以上ないぐらいに無名、匿名の存在として社会にある。それゆえか、美しい・美しくないといった評価を行うことすらばかばかしい。変わった形の花や深海魚がいるように、環境が生み出した造形のひとつ、といった気分にすらなってしまうのです。そしてこのような、個人でありながら個人を離れ、時間と忘却を纏ったデザインを、工芸化されたデザイン、と僕は呼んでいます。

デザイン化された工芸、ではありません。デザインと工芸を結びつける、という試みは各地で行われていますが、往々にして産地にすでに名のある他分野のデザイナーを連れて行き、地域で伝統的とされる模様を投影した日用品を作り、人目に付く場所や媒体で発表する、といったことで終わってしまう。それは記号と記号を組み合わせているに過ぎない。ブランド商品にありがちな「ダブルネーム」でしかなく、現在性、個別性だけが際立ち、普遍には至らない。むしろ、ジャスパー・モリスンと深澤直人による”super normal”や、ナガオカケンメイの「ロングライフデザイン」、あるいは真喜志奈美が行なっている「典型」プロジェクトなど、自分たちがなにを時代ごとに普遍としてきたか、普遍としているか、といった、ものづくりにおける時間の捉え方を考えなおし、そして時間と忘却が含まれた形を再び取り戻そうとする試みこそが、工芸的なデザインと言えるでしょう。もちろん、忘れられることが死とされる社会、すべてをコンテンツとして短時間で使い切る社会において、いかに使われ続け、同時に存在を忘れられるか、というのは難しい課題です。僕らには次々とものが与えられることにより、覚える時間すら与えられない。それゆえ、忘れることもできない。この時代に工芸を取り戻すために、僕らはまず、忘れ去るための時間を取り戻さないとならないのでしょう。


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