こどもの頃、雑誌に載っていた簡単な回路図を元にトランジスタラジオを自作してこのかた、ラジオが手放せません。受験生時代の愛聴番組『ラジオ深夜便』や吉田秀和『名曲のたのしみ』、今も続く『古楽の楽しみ』など好んで聴くプログラムもありますが、おおむね家で仕事をする際は、古い型のSONYのラジオを流しっぱなしにしておいて、知らない音楽や話を聴くことがもっぱらです。ただ、ふと出会っただけなんだけれど、いまだに忘れ得ない番組というものが時折あり、その一つが1995年の夏、NHKFMで放送された大滝詠一の『日本ポップス伝』です。

明治維新から「はっぴいえんど」誕生直前までの大衆音楽を通覧し、「国歌」すら存在していなかった大日本帝国に〈音楽〉という新たな概念が導入され、お雇い外国人に「君が代」や「行進曲」の制作を依頼した経緯や、欧化政策に伴う鹿鳴館の誕生が帝劇の成立を要請し、さらには庶民化した帝劇として浅草オペラの派生に至った経緯など、近代化によって導入された概念の浸透と大衆化、再創造といった流れを、多くのポピュラー音楽を紹介しつつ試論を野蛮に組み立てる、実に気宇壮大な番組です。1999年に続編、2012年・2013年には『アメリカン・ポップス伝』が放送され、これら全てを偶然聴けたことはなかなかの幸運でした。

この番組をいまさら取り上げることには理由があります。7月に上梓した近代工芸運動に関する書籍について、なぜあなたはこんな本を書いたのか、と聞かれることがしばしばあり、うーん、なんでって言われてもなあ……と考えていたら、あ、この番組のせいかも、と気がついたのです。この番組から僕が得たことを簡単にまとめるならば、「歴史は現在から過去を振り返るのではなくて当時の場に立ち、今となっては消え去ってしまった無数の枝分かれ・可能性までを見ないとならない」「先駆者は必ずいる」「その先駆者たちの群れをある一点で結び、後の時代を変える特異点がある(『アメリカン・ポップス伝』でいえば、1956年のエルビス・プレスリーによる"Heartbreak Hotel")」そして「ジャンルなど本来存在せず、後から成立する」、でしょうか。つまり、正史とされる歴史が強化するジャーゴンを反復するのではなく、正史が何を語らなかったかについて執拗に観る、という態度を貫くこと。今回自分がこれらを忠実に実行できたかはわかりませんが、しかしまあ、大筋においてこのポリシーは守られたといって良いだろう、と思うわけです。そしてまた、当時この番組を聞いた際に連想したのは、柄谷行人『日本近代文学の起源』だったことも思い出しました。

〈本書において、私は「近代」に関して、その「起源」を西洋自体に問うよりも、非西洋の「西洋化」の過程において見ようとした。なぜなら「近代」の性格は、西洋においてはそれが長期にわたるがゆえに隠蔽されているのに対して、たとえば日本においては、極度に圧縮されたかたちで、しかもすべての領域が連関しているかたちで露出しているからである〉(柄谷行人「『日本近代文学の起源』ドイツ語版への序文」『定本 柄谷行人集 1』)

まさに、極度の圧縮とすべての領域の連関であった日本の近代化を解きほぐすその手捌きにおいて両者はほぼ同一だよなあ、と。柄谷は大滝と同じく、近代化に伴って新たな概念が導入された瞬間を見事に描き出し、同時に概念が血肉と化してゆき、そのなかで新たな創造が行われてゆく有様を活写する。そのなかで今あらためて考えてみたいのは、たとえば〈言文一致〉について記された、次のような文章です。

〈国木田による風景の発見、旧来の風景の切断は、新たな文字表現(エクリチュール)によってのみ可能だった。『浮雲』や『舞姫』に比べて目立つのは、独歩がすでに「文」との距離をもたないようにみえることである。


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