ライクルテクンペ(死者のための手甲)
『工芸青花』12号特集「三人とアイヌ」より
この7月12日、北海道白老町・ポロト湖畔にウポポイ(おおぜいで歌うこと、を意味するアイヌ語を冠した、国立アイヌ民族博物館・国立民族共生公園・慰霊施設からなる、アイヌ文化の復興・発展のための「民族共生象徴空間」)が開園しました。また、この動きにあわせるように、昨年から今年にかけては「アイヌの美しき手仕事」展が北海道・宮城・東京を巡回しています。

このところ、東京での本展開催のために発行する冊子の編集作業に携わっていたのですが、校正作業のさなかに、原稿を頼んでいたアイヌ民族文化財団の方から要望を受けました。「アイヌ」という言葉を文章に用いる際、行をまたいで「アイヌ」の言葉があるならば、「アイ/ヌ」であれば問題はないが、「ア/イヌ」との表記にならないようにしてもらえないだろうか、と。曰く、アイヌの人々がこれまで受けてきた差別の歴史において、「アイヌ」を「あ、犬」と侮蔑的に用いた事例があり、今なお気にされる方がいるので、とのこと。なるほど、そう言われて改めて校正を行うと、気になる箇所が浮かび上がってきます、見え方が変わります。速やかに対応を行い、無事入稿となりました。

作業も落ち着いて、指摘をうける機会があってよかったな、とあらためて思いました。それはお前は正しくない、と非難されるのをおそれる故ではなく、草花の名前をひとつずつ覚えることで山道を歩む際に見える景色が変わるように、一つの言葉が抱える正負の歴史を知ることは、世界をより細かな解像度で眺めるきっかけとなるからです。近頃、"Black" あるいは "Master/Slave" といった言葉の指し示す対象、そしてその言葉にまつわる歴史・社会状況を捉えなおし、いかにして変革するか、といった試みが行われていますが、決してそれは遠い国でのできごとではないはずです。アイヌの人々を「旧土人」と位置付けて1899年に制定された北海道旧土人保護法が廃止されたのはついこの間の1997年。さらに近年、2016年には沖縄において、大阪府警機動隊員が基地反対の声を上げる人々を「土人」と呼んだうえに、この発言に対して「差別と断定できないというのは政府の一致した見解」であると官房長官が述べる、まさに僕が今暮らしている社会としっかり地続きな話でしょう。

このような歴史を忘れて、解像度が低い状態を自らよしとすると、僕らはどうしても知らず知らずのうちに、誰かを自分の消費のための道具として取り扱ってしまう。誰かの悲しみのうえに「美しさ」を消費していることを忘れてしまう。なるほど、ほとけさまが言ったように、いつの間にかポケットの隅に潜む糸屑のように積もるもの、知らずして為すもの、それこそが罪だな、と。とはいえ、確かに自分たちは罪人だが、それがどうした、お前だって罪人なんだから、と開き直っても仕方がない。偽悪は悪よりもなお悪い。なぜならば偽悪には、どうせ相手はゆるしてくれる、相手も自分と同じように考えている、という関係性への甘え、つまり相手への見くびりがあるからです。暴言と知った上で暴言を吐いておきながら、批判を受けると、自分の真意が伝わらなかった誤解に対して謝罪する、撤回する、指摘にはあたらない、と述べる人々のように。

むしろ、罪からはどうあっても逃れがたい、自分はすべてを見通し得ない、という自覚の上で、しかしひとつひとつの言葉を覚え、世界の解像度をあげてゆくしかない。そう、まるで「自分は無自覚な感染者である」と覚悟した上で、ひとつひとつ手探りで防疫の可能性を試しつつ他者との接触を行う、昨今のように。


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