20191130

「服とDM:坂田敏子」展、開催中です(神楽坂一水寮。12月8日まで。13-19時)。一昨日は坂田敏子さんと三谷武さん(MITTAN)の対談「mon Sakataと私」でした。mon Sakataの独自性は洋服づくりの(ほぼ自動化された)ルールから解放された、それでいて(なにかの原理に)厳密なディテールにある、という三谷さんのコメントをうけて、その「なにか」をめぐる対話になりました。
https://www.kogei-seika.jp/gallery/20191101.html





20191129

「服とDM:坂田敏子」展、はじまりました(神楽坂一水寮。12月8日まで。今日29日は青花会員と御同伴者のみ)。今夜は坂田敏子さんと三谷武さん(MITTAN)の対談です(受付終了しました)。
https://www.kogei-seika.jp/gallery/20191101.html





20191127

あさって11月29日(金)から「服とDM:坂田敏子」展です(神楽坂一水寮。12月8日まで。11月29日は青花会員と御同伴者のみ)。写真は出品作から dhuta bag ふたつ。手ざわりのよさが手にのこります。かつて『芸術新潮』で古道具坂田の坂田和實さんと特集「パリと骨董」をつくったとき、表紙になった(積みあげられた)古い鉄箱は敏子さんの買いものでした。自由な人だなとあのときも、いまも思います。
https://www.kogei-seika.jp/gallery/20191101.html







20191123

11月29日(金)より「服とDM:坂田敏子」展です(12月8日まで。神楽坂一水寮。11月29日は青花会員と御同伴者のみ)。
https://www.kogei-seika.jp/gallery/20191101.html

以下は敏子さんから。〈シンプルななかに、最低限の何かを落しこみたいと願いながら服作りをしています。今回は、一般的な服から一歩離れたものを展示します〉。写真は「60リネン・チビベスト・ブローチ付」と2004年のmon Sakata DM。







20191122

今夜19時から、青山ブックセンターでデザイナーの米山菜津子さんのお話をうかがいます。米山さんから、これまでの仕事をまとめたPDFが届きました(写真はその一部)。かっこいい、だけでなく、(画像だけでも、しかも振幅の大きい内容なのに)確たる信念がつたわってきます。よろしければぜひ。

■『工芸批評』刊行記念|米山菜津子+菅野康晴|批評としてのブックデザイン
□2019年11月22日(金)19時@青山ブックセンター本店 
http://www.aoyamabc.jp/event/ko-geihihyo/







20191120

11月29日(金)より「服とDM:坂田敏子」展です(神楽坂一水寮。12月8日まで。11月29日は青花会員と御同伴者のみ)。29日には坂田敏子さんと三谷武さん(MITTAN)の対談「mon Sakataと私」をおこないます。
https://www.kogei-seika.jp/gallery/20191101.html

以下は敏子さん、三谷さんから。

〈以前『クウネル』を見てお店に来てくれた、服作りを目指す若者たち。いま活躍されている何人かのうちのひとりが、MITTAN です〉(坂田敏子)

〈突然の御指名に驚いています。何かを残したいと思っている地方のデザイナーと、坂田さんの姿勢は随分と異なると思うのですが、その違いの中から、少しずつ言葉を紡ぐことができればと思います〉(三谷武)

20年近くまえ、ごく初期のHPE(谷由起子さん)のラオスの布を敏子さんにみせてもらったことがあります(じつは坂田和實著『ひとりよがりのものさし』にも写っています)。先日、その話になったとき、私はエスニックにはゆけないの、と敏子さんがいいました。「ゆけない/ゆかない」とは、深入りしない、ということでしょう。現地、技術、歴史、物語……つまりつよい意味性に。その姿勢は古道具坂田にも共通するものです(そして、そのことにたいする批判もあります)。「深入りしない」という倫理、それによる(結果としての)批評性の獲得といったことをおふたりの仕事に感じているのですが、もうすこし考えます。

写真は『工芸青花』9号「物と私 坂田敏子さんのスタジオ」より。敏子さんのコレクションを紹介する記事。青花のウェブサイトで販売しています。
https://www.kogei-seika.jp/book/kogei-seika009.html







20191118

バブル期のこと、バスキアのこと、地方の芸術祭のこと、民藝、茶の湯、戦後日本、芸術の役割について──『工芸青花』12号の村上隆さんの記事、核心的なことを多岐にわたり語ってくれています(「服とDM:坂田敏子」展のリードでも引用)。この社会の(苦い)良薬としても読めます。

〈「もの派」の作品や坂田の雑巾に、僕たちがなにを見ているかといえば、概念、思想です。坂田さんがあれらを見つけて拾い上げたとき、彼の脳内に生起した美。その過程を、今度は僕たちが自身の脳内で追体験するわけです。そこで生起した美は、僕たちの脳内にしか存在しません。コーヒーフィルターや雑巾自体に美はないのです〉〈戦後の日本人の劣化でとくにひどいのは、概念を感受し理解する能力です。いまの日本人は頭脳を働かせることを怠り、五感のみを信じて生きていて、五感から得られるのは情報にすぎないことに疑問を感じなくなっている。本来ならそれらの情報を脳内で概念に変換すべきなのですが、そうした変換行為の重要性がなぜかないがしろにされています〉(村上隆「バブルラップ展で伝えたかったこと」『工芸青花』12号)
https://www.kogei-seika.jp/book/kogei-seika012.html







20191116

11月29日(金)より「服とDM:坂田敏子」展です(12月8日まで。神楽坂一水寮。11月29日は青花会員と御同伴者のみ)。初日29日夜には坂田敏子さんと三谷武さん(MITTAN)の対談「mon Sakataと私」もおこないます。
https://www.kogei-seika.jp/gallery/20191101.html

以下リードです。

〈初めてmon Sakataの服に触れたときの衝撃を覚えている。(略)形に古さを感じさせないある種の抽象性、新鮮さと同時に安心感を得るものだった〉(安藤雅信「期限のないもの」『編む・つなぐ』)

〈最初から服としてデザインされるというより、坂田さんの日常のなかからふと姿を現わす日常の延長としての服。(略)本当に普遍的であるということはそういうことではないかという気がする〉(土田真紀「服と味噌の関係」同)

〈坂田さん(注・古道具坂田)の世界観を考えるうえでは mon Sakata の存在が重要です〉(村上隆「バブルラップ展で伝えたかったこと」『工芸青花』12号)

今年最後の展示は、mon Sakataの代表でありデザイナーの坂田敏子展です。「DM」はここでは展示案内等の葉書のこと。DMも服もおなじ感覚でデザインしている、との敏子さんの言葉(ちょっとおどろきました。服というものにたいする距離のとりかたに)からつけたタイトルでした。大学卒業後、グラフィックデザイン事務所づとめを経て、坂田和實さんと結婚、出産。古道具坂田の店内で自作の子供服を販売したのがmon Sakataのはじまりです(1977年)。うえで引いた村上さんの言葉は、和實さんの本の担当者だった私も共感するところです(ちなみに村上さんはこの記事でつぎのようにも述べています。〈mon Sakataの在りかた自体も、服飾業界で画期的、先駆的、発明的であったはず。ローバジェットで少量生産、ハイブランドほど高価ではなく、しかし庶民的な価格でもない。家族的経営で品質のよさをキープしつつ、ビジネスとしても成功、継続しています。(略)この在りかたこそまさに生活工芸、等身大の表現行為だと思っています〉)。

いまでは毎月のように各地のギャラリーで展示会があるmon Sakataの服。今展はそうした機会とはすこしことなるかたちで、敏子さんの仕事の〈抽象性〉と〈普遍〉性を考えてみたいと思います。(菅野)





20191115

来週21日(木)夜は、古典学者・河島思朗さんの講座「ギリシア・ローマ神話」です(自由学園明日館@目白)。
https://shop.kogei-seika.jp/products/detail.php?product_id=297

以下は河島さんから。〈この講座では、古代の文学作品や図像を通じて、ギリシア・ローマの神話を知り、その意味を考えていきます。また神話は文化の根底を支えるものでした。そのため、神話を取り巻く古代ギリシア・ローマの文化や社会にも触れることになります〉〈古代のギリシアやローマは、地理的にも時間的にも私たちから遠く隔てられています。しかし神話が真実を語るものであるならば、その物語は私たちに何らかの「知」を伝えてくれることでしょう〉

写真はひとつ眼の巨人キュクロプス。フランス、オルネーの聖堂の浮彫(1120−30年頃)で、ロマネスク取材でもときどきギリシア神話に出会います。『工芸青花』4号より





20191112

高木崇雄さんの「工芸入門」更新しました。今回はケインズと月の話。
https://www.kogei-seika.jp/blog/takaki/034.html

〈とはいえそれから30年。もはや、ほんとうにほしいもの、なんてどこにも存在しないんじゃないか、とも思います。「一生もの」のような、かつて誰かが担保してくれていた幻想はすべて使い古され、擦り切れ、平板化した社会で、僕らは偶々手元にある道具とともに、ただ生き延びていくほかない。遠くの月に託すのではなく、目の前のもの、人と生きるしかない〉

〈偶々〉を(だからこそ)大事にすることが大事、という話です。〈「欲望を欲望する」構造が徹底化された社会〉でせめてやすらかに生きるには。

写真はナポリ湾の月と、ベスビオ山と犬。金沢百枝+小澤実『イタリア古寺巡礼3』より。







20191111

今週14日(木)夜は美術史家・金沢百枝さんの講座「ロマネスクの宇宙|都市と村の暮し」です(自由学園明日館@目白)。
https://shop.kogei-seika.jp/products/detail.php?product_id=296

以下は金沢さんより。〈ヨーロッパで都市が発展しはじめたのは、11、12世紀のことです。そのころ、人々はどんな生活をしていたのでしょう。これまで訪ねたロマネスク聖堂の美術と、イングランドの『ラトランド詩篇』──欄外装飾に人々の暮しぶりが描かれています──をみてゆきます〉

写真はスペイン、レオンのサン・イシドロ聖堂のロマネスク壁画(羊飼いへのお告げ。12世紀初)。聖イシドルスの柩の打出し(銀。1063年)も印象にのこっています。『工芸青花』6号より。







20191109

書籍『タパ―坂田和實が見つけた94枚』(大和プレス刊)

寄稿した小文の一部です。〈この本はタパ(樹皮布)の本なので、タパの話を思いだしてみる。坂田さんは1973年に「古道具坂田」を開店してから、これまでゆうに三桁をこえる回数、ヨーロッパへ仕入の旅をしている。帰国後、旅先の話をきくのがいつもたのしみなのだが、何人か、主要な登場人物がいる(と書いて気づいたけれど、私は坂田さんの話を、長篇小説を読むようにきいていたのだろう。「つづき」がたのしみだった)〉(「タパの話」)

青花のサイトで販売しています。
https://shop.kogei-seika.jp/products/detail.php?product_id=290





20191108

一昨日は松本武明さん(うつわノート)と山内彩子さん(Gallery SU)の対談「工芸ギャラリーの役割」でした。「名前(作家、ブランド)でものを買いたくない」「セレクトショップがきらい」という、その日の朝に打合せで会ったグラフィックデザイナーの言葉を反芻しながら司会しました。来年2月の「工芸祭」もよろしくお願いいたします。
https://shop.kogei-seika.jp/products/detail.php?product_id=295

昨日は建築家の中村好文さんと増田奏さんの講座「住宅設計入門」でした。課題が小住宅なので、ほんとうに必要なもの(と考えたもの)しか描きこめず、そこにあらわれる個性の質のわかりにくさがおもしろいなと思います。
https://shop.kogei-seika.jp/products/detail.php?product_id=280

あらたな催事のお知らせです。今回から講座等の会費を、青花会員と一般の方でわけることにしました。会をささえていただいている方々に、これまでほとんどなにもできなかったので。御理解いただけましたら幸いです。

■展覧会|服とDM:坂田敏子
□11月29日−12月8日@工芸青花(神楽坂)
*11月29日は青花会員と御同伴者のみ
https://www.kogei-seika.jp/gallery/20191101.html

■講座|工芸と私37|坂田敏子+三谷武|mon Sakata と私
□11月29日(金)19時@一水寮悠庵(神楽坂)
https://shop.kogei-seika.jp/products/detail.php?product_id=301

■講座|金沢百枝|キリスト教美術をたのしむ53|クリスマスの夜に 2019
□12月5日(木)18時半@自由学園明日館ホール(目白)
https://shop.kogei-seika.jp/products/detail.php?product_id=299





20191105

「工芸批評」展(松屋銀座デザインギャラリー)は明日6日が最終日ですが(17時まで)、書籍『工芸批評』にかんするトークは今後いくつか予定されています。

11月22日(金)夜は青山ブックセンターで、デザイナーの米山菜津子さんと私(菅野)の対談「批評としてのブックデザイン」があります。
http://www.aoyamabc.jp/event/ko-geihihyo/

〈本書はこれまでほとんど言説化されることのなかった、食器を主とする現代のライフスタイルカルチャー(とくに「生活工芸」と称される動向)を、歴史的俯瞰的に位置づけようとするもの。米山さんは筆者7人の論考を読みこみ、装丁のみならず撮影等も監修。状況を把握し、それにある角度をもって応答するという意味では、デザインもまた批評であることを実践した感があります〉

米山さんの仕事はエディトリアルにかぎりませんが、最近では(いまのひとつまえの)『GINZA』の明確さがとても印象的でした(爽快でした)。『工芸批評』のこと以外にも、いろいろ訊けたらと思っています。











20191102

開催中の「工芸批評」展、11月6日までです(松屋銀座デザインギャラリー)。いろいろ感想も届いています。
http://designcommittee.jp/2019/09/20191009.html

以下は書籍『工芸批評』(新潮社青花の会刊)から。ここだけでも、ある歴史がみえてきます。
https://www.kogei-seika.jp/book/kogei-hihyou.html

〈現在、ジャンルとして「工芸」と呼ばれるものは、ほぼすべて美術の残りものに過ぎず、ゆえに、多くの「なんとか工芸」は、頂点とされる「美術」に対するコンプレックスから解放されているとは言い難い。けっきょくのところ、近代日本において、 ‟Fine Arts” という概念が輸入され、「美術」という言葉の誕生とともに、未分化であったこの国のものづくりが階層化していくなかで、「美術≒男性的」ならざるもの、つまりは「女子供」扱いされてできたのが、「工芸」だったのではないでしょうか〉(高木崇雄)

〈しかし、最も見逃してはならないのは、こうしたメディアを舞台に活躍を始めた八〇年代の雑貨黎明期のスタイリストが、単に消費を煽動する商業主義的な動機のみによって駆動していたのではないという点である。そこには明らかに、「自分の部屋や自分の仕事を持ち、自分の好きなものを選び取る」という、新しい時代を生きる女性たちに対する生活の提案があったと言える〉(井出幸亮)

〈北大路魯山人は「食器は料理のきもの」であるといいましたが、彼女たちは、自らが身につける衣服を選ぶような審美眼と厳しさで食器を選んでいた。それらが、あくまで前時代的な工芸「作品」として選ばれたのであれば、そこで作者や作品の自律的な領分が尊重されもするのでしょうが、むしろ生活工芸の仕事は、食器という道具として、服や靴などと同列となる場に積極的に身を投じ、ほかの商品と同じようなまなざしの厳しさで選ばれることを選択したようにみえます。そこが分岐点となった。その流れのなかで、作り手と使い手が相互に影響を与え、たがいの領分を開拓しあうような双方向的な緊張関係があったことはまちがいありません〉(沢山遼)

同書は青花のサイトほか、一部の書店、ギャラリーでも販売しています。
https://shop.kogei-seika.jp/products/detail.php?product_id=293







20191101

「ローマ:加藤朝美」展、開催中です(神楽坂一水寮。11月4日まで。13−19時)。予定を変更し、今日も15時から加藤さんのギャラリートークをおこないます。今展では最後です(たぶん)。よろしければぜひ。
https://www.kogei-seika.jp/gallery/20191001.html

セルチ通り 1986年 ミクストメディア
円形劇場(ビテルボ) 2001年頃 ブロンズ






前月へ  翌月へ
トップへ戻る ▲