77 蟬丸さんの竹筒





花器は蟬丸さんが贈ってくれた竹筒で、花(葉)は屋上の南天です。枯れている太い幹は元々植えた枝で、細い青枝は根元より出てきた蘖(ひこばえ)です。軸は仙厓筆の「鵺(ぬえ)退治図」。場面は、帝を夜毎苦しめる妖獣(鵺)が、頼政の矢に射られ、黒雲より落ちてきたところ。顔は猿、胴体は狸、尾は蛇、手足は虎という得体の知れない生き物であったと……。弓を持つ人物が、弓の名手源頼政。鵺に跨がり剣でとどめを刺そうとするのは、頼政の従者で猪早太。平家物語にある鵺退治の件です。仙厓は賛に「悪魔降伏」と書いています。




蟬丸さんのこと その2


集芳会の翌日、蟬丸さんのご子息(匠君)が、栗八に訪ねてきました。

紙袋を持参し、「親父がこれを栗八さんに渡してくれと……」と差し出します。簡素な包みを開くと竹筒が現れました。手紙が入っており、蟬丸さんの自作と分かります。「何でこんなものを、と親父に言ったのですが、渡せば分かると言われました」と匠君は恐縮した様に苦笑しています。「イヤ、嬉しいよ」と伝えましたが、蟬丸さんが今まで送ってくれたものは、各地の珍しい菓子やツマミ等の食いものばかりで、この様な自作の何かを、しかもご子息にわざわざ預けてまで贈ってくれたことはなく、私にも怪訝に思えました。その後は、とりとめのない骨董屋稼業の話を交わし、匠君は帰って行きました。

蟬丸さんに早速(久しぶりに)お礼の手紙を書きました。内容のほとんどはまた保護猫たちのことでしたが、頂戴した竹筒は、連載の始まる青花の会のブログで花器として使わせてもらいますと結び、投函しました。

それからしばらくして、新潟の日帰り温泉の広間で休憩していると、携帯電話が鳴りました。相手は蟬丸さんだったので驚きました。癌が転移して、また入退院を繰り返しているとのこと。「今度は、もうダメかも知れません」と気弱なことを言います。「ブログに載せる花器はいずれ本として出版される予定なので、出来たら1冊贈るから、それまでは生きててくれないと」と伝えると、「それは見たいね〜、生きたいね〜、がんばって生きます」と元気な声で応え、電話を切りました。

それからひと月ほど経った頃、匠君から蟬丸さんが亡くなったと知らされました。驚いた私が、日帰り温泉で受けた電話のことを伝えると、「あ〜、それででしょうか」と前置きし、「親父は治療の術のない身体と知っていたはずなのに、もう一度医者に連れて行ってくれと頼まれたので、不思議に思っていました」と……。

蟬丸さんに最後の手紙を書きました。本が間に合わず申し訳ないと詫びて、香典を送れば「水臭いことをしてくれるな」と怒られそうなのでやめときます、と書き添えました。

匠君が届けてくれた竹筒と共に、以下の手紙がありました。
─────
前略
上々の煤竹だと思っています。
二十年ほど前から温存していました。
良い所で切って、花生けになさってください。豚児に持たせました。
お元気と耳にして、うれしく思っています。

栗八様   蟬丸
       河井 竜





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*この連載は、高木孝さん監修、青花の会が運営する骨董通販サイト「seikanet」の関連企画です
https://store.kogei-seika.jp/

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