20200430

美術史家・金沢百枝さんの通信講座、初のこころみでしたが、おかげさまで好評です。公開は来週5月6日(水)まで。あらたな世界のはじまりの話です。

■通信講座|金沢百枝|キリスト教美術をたのしむ1|旧約篇1|創世記1|天地創造
□公開|4月13日-5月6日/約80分
https://shop.kogei-seika.jp/products/detail.php?product_id=334

写真は『工芸青花』13号より、スイスのミュスタイア、ザンクト・ヨハン修道院聖堂の壁画(12世紀後半)。
https://www.kogei-seika.jp/book/kogei-seika013.html





20200429

川瀬敏郎「四時之花|1」より「花=白藤、羊歯/器=新羅丸瓦」(部分)。
https://shop.kogei-seika.jp/products/detail.php?product_id=339

青花のウェブサイトで、花人の川瀬敏郎さんの連載「四時之花」をはじめました。毎週月曜に更新します。





20200428

川瀬敏郎「四時之花|1」より(部分)。

青花のウェブサイトで、花人の川瀬敏郎さんの連載「四時之花」をはじめました。毎週月曜に更新します。
https://shop.kogei-seika.jp/products/detail.php?product_id=339





20200427

青花のウェブサイトで、花人の川瀬敏郎さんの連載「四時之花」をはじめました。毎週月曜に更新します。
https://shop.kogei-seika.jp/products/detail.php?product_id=339

〈古人は咲きほこる藤花に、瑞祥である紫雲をかさねみていました。人々の安息を願い、「四時之花」をはじめます〉(川瀬敏郎)

撮影は川瀬事務所の佐々木英基さん。





20200426

明日(27日)から、花人の川瀬敏郎さんの連載「四時之花」を青花のウェブサイトではじめます(毎週更新)。
https://shop.kogei-seika.jp/products/detail.php?product_id=339

〈花人の川瀬敏郎さんは以前、「稽古場が自分を鍛えた」と語ったことがあります。40年間つづけてきた、なげいれの花を教える場のことです。この連載では、これまで未公開だった教場の花(川瀬さんの花と、生徒たちの花に川瀬さんが手を入れたもの)を、毎週7点ずつ、スライドショウ形式で紹介してゆきます(各回に川瀬さんの言葉と花名等を附します)〉〈川瀬さんはかねてより、稽古でいける花と、花会など本番の花に差はない、としてきました。今回自身でみなおしたという教場の花の写真、その10万枚にもおよぶ記録は、川瀬敏郎という花人の仕事を知るうえで、じつは欠かせないものでした。それらは文字どおり門外不出の花々でしたが、以下の川瀬さんの文にあるとおり、このたび、禁をとかれることになりました〉〈「四時(しじ/しいじ)」とは四季のこと、また月の晦朔弦望、日の朝昼夕夜という四つの時の意もあります〉

写真は『工芸青花』14号「川瀬敏郎の花 大徳寺孤篷庵」より(14号は今年5−6月刊予定です)。





20200425

来週月曜(27日)から、花人の川瀬敏郎さんの連載「四時之花」を青花のウェブサイトではじめます(毎週更新)。
https://shop.kogei-seika.jp/products/detail.php?product_id=339

〈私のなげいれの教場には、北海道から沖縄まで、全国各地の花々を携えて人々が集う。稽古当日の教場は、各人が持ちよった固有の風土を持つ花々により、山野と化す。そこで毎回六時間強、ひたすらに花と向きあい琢磨する。その間の、胸が晴れるような喜びと言ったらない〉〈歳月を経て、教場の花、稽古の花は、数万枚もの厖大な写真となって私の手元に残った。花と人の濃密な時間の記録であり、大切な宝である。もとより門外に発表するなど考えたことはなかった〉〈世界が、日本が、コロナウイルスで逼塞するなか、花に生かされてきた者の記録、その喜びの記憶が、日々を生きる人々を慰め、こころの扉を開けてくれることを信じて、「四時之花」を届けたい〉(川瀬敏郎「『四時之花』をはじめるにあたって」)

写真は『工芸青花』1号「川瀬敏郎 竹花入の花」より。
https://shop.kogei-seika.jp/products/detail.php?product_id=16





20200424

来週月曜(27日)から、あらたに花人の川瀬敏郎さんの連載「四時之花」を青花のウェブサイトではじめることにしました(毎週更新)。川瀬さんのウェブ連載は2011-12年の「一日一花」以来です。
https://shop.kogei-seika.jp/products/detail.php?product_id=339

写真は『工芸青花』13号「川瀬敏郎の花 杉本家住宅」より。
https://www.kogei-seika.jp/book/kogei-seika013.html





20200422

〈戦前は陶工などが副業として作り、琉球でのこどもの日にあたるユッカヌヒーに屋台で売っていたという琉球張り子。豊永さんは沖縄県立芸大・彫刻科にいた頃から古作を集め、それを契機に自ら作るようになりました。戦前からの仕事を踏まえた、ウッチリクブサー(起き上がり小法師)・ジュリグヮー(芸妓)などの「古典」も作りますが、鳩パンやケンタウロスなど、どこまでもふざけたものを、より多く作ります。この拙さ、役に立たなさ、そしてわからなさこそ、彼の仕事の魅力であり、美とも用とも離れた工芸の可能性、好ましさかと思います〉(高木崇雄「琉球張り子ペアシーサー 豊永盛人作」『工芸批評』)

三谷龍二他『工芸批評』(新潮社青花の会刊)
https://www.kogei-seika.jp/book/kogei-hihyou.html

高木さんの豊永論はこちらでも読めます。気が晴れない日々のともに。
https://www.kogei-seika.jp/blog/takaki/002.html









20200421

〈二〇一八年一月につづき、二〇一九年も「生活工芸」展をおこないます。前回のテーマは「ふつう」でした。今回は「ふぞろい」。前回の辻和美さんの出品作「duralex picardie reproduction」をみて考えたことでした。大量生産の工業製品を手工芸で写すこと。つまり普遍(ふつう)でありつつ特殊(ふぞろい)でもあること。それが「生活工芸」の作家たちが今世紀初頭におこなったことでした。それは、その自覚的な不合理性において、手工芸の「歴史の終り」をつげるものではなかったかと、このごろ思うようになりました〉(菅野康晴「古道具坂田と生活工芸派」『工芸批評』)

三谷龍二他『工芸批評』(新潮社青花の会刊)
https://www.kogei-seika.jp/book/kogei-hihyou.html

青花の会では通信販売もおこなっております。よろしければ御利用ください。
https://shop.kogei-seika.jp/







20200420

〈では、近代日本工芸史とはどんな物語だったのか。「工芸」は西欧から輸入された「美術」概念に対抗する、日本独自の造形分野として始まりました。あらゆる分野で欧化の圧力が高まった明治初期に工芸が担った役割は、有力な輸出産品であると同時に、「美」による西欧への抵抗と、ナショナル・アイデンティティの昂揚でした。その後、大正昭和戦前期には、中国陶磁を鑑賞陶器としてコレクションするブーム、朝鮮陶磁の発掘研究、古作への憧憬から生まれた新古典派と呼ばれる工芸作家たちの活動など、注目すべき流れはいくつもありましたが、最終的には、一九三〇年代に形成された、桃山陶を「日本的なるもの」として日本工芸の最高峰とする陶磁史観の確立へと向かいます。ここにも当時の時代背景──日中戦争から太平洋戦争へと突き進む危機の時代にあって、「東洋の盟主」たる日本オリジナルの美的伝統を陶磁史に投影したいという欲求が見てとれます。戦後も、この桃山陶を中心とした「伝統工芸」的なものの権威化は、占領米軍の文化政策のあと押しもあって、いっきに進みます。一九五五年(昭和三〇)に成立した人間国宝(重要無形文化財及び保持者)制度はその完成形といえるでしょう〉(広瀬一郎「近代工芸の終焉」『工芸批評』)

三谷龍二他『工芸批評』(新潮社青花の会刊)
https://www.kogei-seika.jp/book/kogei-hihyou.html

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20200419

〈酒や味噌、醤油を醸造する時に、絞ったり、濾したりする為に使われる柿渋で染められた袋です。日本全国に大量にあった実用の安い布ですが、美しい布です。でもコノ手のボロに近い布はどうしてもダメだと受け入れない人達も多くいます。(略)こういう意見の違いが有り、それを許す国がやはり文化国家なのでしょう〉(坂田和實「酒袋」『工芸青花』10号「坂田和實の眼 酒袋」特集)

『工芸青花』10号
https://www.kogei-seika.jp/book/kogei-seika010.html

青花の会では通信販売もおこなっております。よろしければ御利用ください。
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20200418

〈以前、この美術館を見学して来た友人から「ビルバオ? あれは、もうね、ゲーリーのやりたい放題。めっちゃくっちゃな建物だけど、建築の常識も価値観もひっくり返す傑作だよ」という興奮した感想を聞かされていました。そして、実際に訪れてみると、(略)その「めっちゃくっちゃな建物」も空間構成と動線計画は、意外にも(!?)明快で、来館者にとって見学しやすく、親切に設計されていることに気づいて思わず目から鱗が落ちる思いでした。(略)ゲーリーはバーバラ・アイゼンバーグ女史のインタビューに応えて「ぼくのつくるものは妄想の産物で、機能性だの周囲の環境だのといったことはまったく無視しているという印象を持つ人が多いから」と話していますが、ぼくも正にそういう印象をもっていた人だったわけです〉(中村好文「ビルバオ・グッゲンハイム美術館の巻」『工芸青花』10号「意中の美術館6」特集

『工芸青花』10号
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青花の会では通信販売もおこなっております。よろしければ御利用ください。
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20200417

〈3月10日、予定通りグッゲンハイム美術館に到着......とここまでは良かったのですが、予定通りでなかったのは「リチャード・セラは、ほどほどに......」と、あれほど自分に言い聞かせてやって来たにもかかわらず、美術館に到着するやいなや、強力な吸引力(磁力?)でセラの鉄板彫刻がひしめき合う展示室104にスポッと吸い込まれてしまいました〉(中村好文「ビルバオ・グッゲンハイム美術館の巻」『工芸青花』10号「意中の美術館6」特集)

『工芸青花』10号
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青花の会では通信販売もおこなっております。よろしければ御利用ください。
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20200415

美術史家・金沢百枝さんの通信講座「キリスト教美術をたのしむ1|旧約篇|創世記|天地創造」公開中です(5月6日まで)。今回は金沢さんのとなりで撮影(動画)していましたが、ときどき、笑いをこらえるのがたいへんでした。
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20200414

美術史家・金沢百枝さんの通信講座「キリスト教美術をたのしむ」をはじめました。初回は「旧約篇1|創世記1|天地創造」です。
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以下は金沢さんから。〈青花の会のはじまりと同時に、講座「キリスト教美術をたのしむ」をはじめて、もう5年。旧約聖書、キリスト伝、マリア伝、聖人伝をひととおり終えましたが、ふりかえると、旧約聖書でもっとも大事な「創世記」を、かなりの駆け足でとおりすぎてしまったように思います。そこでもう一度、あらたな視点で「創世記」にとりくみたいと思いました。初回は「創世記」の第1章。テーマは「天地創造と宇宙観」。『ギルガメシュ叙事詩』など古代オリエントの創造譚、ギリシア・ローマの創造譚、ユダヤ写本も参照しつつ、ヨーロッパの天地創造の物語にせまります〉

写真は昨日とおなじ、ジローナの「天地創造」の刺繍布(11世紀)より、陸の生きもの。生れたて。ほころぶ花。2点目は2015年8月の講座風景。またこうして屈託なくつどいたいものです。







20200413

こうした状況下、あらたなこころみとして、通信講座をはじめることにしました。まずは美術史家・金沢百枝さんの「キリスト教美術をたのしむ」。5年まえから自由学園明日館で毎月つづけている人気講座ですが、ちょうど前回(3月)より新シリーズ「旧約聖書」がはじまったので、通信講座もそこから(3月の講座と同内容です)。今回は神楽坂一水寮で収録しました。

■通信講座|金沢百枝|キリスト教美術をたのしむ1|旧約篇1|創世記1|天地創造
□公開|4月13日-5月6日/約80分
https://shop.kogei-seika.jp/products/detail.php?product_id=334

写真のひとつめはジローナ(スペイン)の大聖堂にある「天地創造」の刺繍布より、海の生きもの。ロマネスク美術の白眉であり、金沢さんの博論のテーマでした。全体はみあげるほど大きく、はじめてまえに立ったとき、春につつまれた気がしました。







20200412

高木崇雄さんも今回の記事で言及していますが(「工芸入門」39「花という問い」)、私も、杉謙太郎さんの花のことは古道具坂田の坂田和實さんからききました。光あたらざるものに光をみる(あてる、ではなく)ことにおいて、ふたりはつうじるように思います。
https://www.kogei-seika.jp/blog/takaki/039.html

写真は『工芸青花』5号より、坂田和實さんの花。
https://www.kogei-seika.jp/book/kogei-seika005.html





20200411

高木崇雄さんの連載「工芸入門」、今回の題は「花という問い」。現代の花論をつねに待望しています。
https://www.kogei-seika.jp/blog/takaki/039.html

〈「正しい花」などもはや無い、無いかもしれない、という歴史的状況において、受け継がれてきた古典・型の「正しさ」に唯々諾々と従うのでもなく、型破りな「名人」としてふるまうのでもなく〉

写真は『工芸青花』10号より、川瀬敏郎さんの花。
https://www.kogei-seika.jp/book/kogei-seika010.html





20200410

高木崇雄さんの連載「工芸入門」更新しました。今回は杉謙太郎さんの花について。カミュの『ペスト』『シーシュポスの神話』にもふれた力作です。
https://www.kogei-seika.jp/blog/takaki/039.html

〈花会ののち、なぜ人は、この自然のただなかにおいて、作為の極み、不自然の極みである花を立てるのだろう、と、とある人から問われた話をきっかけに、やはりカミュの「不条理、それは神のない罪だ」という言葉を軸として、この調和を欠いた不条理な世界、罪ある世界に対して......〉

今回の疫病にもみられるように、自然と人間(の意識)は調和しない。そのことを直視する作家かどうかを、高木さんは問うているのかもしれません。撮影も高木さん。





20200409

〈私は李朝という言葉が大好きだ。抽象的でいい。つかみようがなくていい。心に響けばいい。(略)ナショナリズムとは自己一辺倒主義ではない〉(李鳳來「李朝─石羅漢」『李朝を巡る心』)

李鳳來『李朝を巡る心』(新潮社青花の会刊)
https://www.kogei-seika.jp/book/richou.html







20200408

〈ある時先生が、柳がその昔歩いた全羅道を訪ねたいと言われた。(略)私は二十代後半、三十代だったかも知れない。家具はしっかりと材の厚いモノがよく、そこに存在感があるのだと思い込んでいた。ところが先生は何とも力なく見える、薄い材の家具を美しいなあと言われる。先生! それは力がなさすぎではありませんかと尋ねた瞬間、とても冷たい視線が返ってきた〉(李鳳來「厚い、薄い─枕と明器」『李朝を巡る心』)

李鳳來『李朝を巡る心』(新潮社青花の会刊)
https://www.kogei-seika.jp/book/richou.html







20200407

〈S先生は今はもうおられない。しかし先生の残された実績は消え去ることがない。最初は朝鮮から日本に連れてこられた人々に関する、いわゆる強制連行の実態研究。そして後年最も力を注がれたのは、江戸時代の朝鮮通信使に関する資料収集と研究。(略)先生の願いは、存在した事実を互いに客観的に認めた上で、仲良くしなければいけないという、ただその一事に尽きた〉(李鳳來「韓国・朝鮮と日本─厨子」『李朝を巡る心』)

李鳳來『李朝を巡る心』(新潮社青花の会刊)
https://www.kogei-seika.jp/book/richou.html







20200406

〈自然にあるものが日常に一角を見せたときの様相を、まことに奇なるものと考えることができる。双方の地平が異なるがゆえに、自然において凡なるものが日常において奇として顕れるのは当然である。逆に言うと、『荘子』に「畸於人而侔於天(人に畸して天に侔し)」という言葉があるように、人においては畸(奇)であるものが天にかなうという事にもなる〉(井上治「奇なるものについて」『工芸青花』9号「川瀬敏郎の花」特集)

『工芸青花』9号
https://www.kogei-seika.jp/book/kogei-seika009.html







20200405

〈終戦後の人心が荒れ、世の中が混乱している時を経験した彼は、西洋哲学をとおして「人間はいかに生きるべきか」という問いに悩まされた。その解決の糸口が、生活にかかわる道具を考えることであった。(略)思索の先は、現代社会によって失われたものを救済することであり、そこにある人間の本質の希求である。道具をとおして、「人間」を発見したのである〉(瀬尾典昭「村田新蔵の思索と蒐集」『工芸青花』9号「西洋工芸の道─村田コレクション」特集より)

『工芸青花』9号
https://www.kogei-seika.jp/book/kogei-seika009.html







20200404

〈地方起源とは逆に、テームズ川上流のロンドン近郊、主にバッキンガムシャー地方あたりで作られ始めたと考えられ、19世紀に爆発的な流行を生み、地方に広がっていったウィンザーチェアのメインストリームがある。(略)こうした大きい流行があると、それは辺境の地方にも伝播する。その過程で元のデザインが簡略化されシンプルな椅子が作られる事もあったと考えられる。中央から地方へ。複雑から簡素へという流れである〉(室田宏一「レストアラーの視点」『工芸青花』9号「ウィンザーチェア」特集より)

『工芸青花』9号
https://www.kogei-seika.jp/book/kogei-seika009.html







20200403

森岡督行さんのブログ「森岡書店日記」更新しました。今回は昨年8月の日記。
https://www.kogei-seika.jp/blog/morioka/043.html

〈オフィスは上海市内の超高層ビルの中にあった。ファントウ読書会は1週間に1冊の本をウェブ上に紹介する組織。会員数はなんと2100万人。事務所も広く、数百人が画面に向かって会員とコミュニケーションをとっている〉

写真は森岡さん撮影、入谷の古いビル。





20200402

〈人ははるかな過去から、木とともに生きてきた。木が無ければ生きられなかった。(略)ぼくらが木を仰いだとき、あるいは木の製品に触れたときにやすらぐのは、西行や芭蕉と同じ血が流れているからだ。木とひととの永く篤い付き合いがあったからだ、といえるのではないか〉(小澤實「板極道の入口で」『工芸青花』5号「板と私」特集より)

『工芸青花』5号
https://www.kogei-seika.jp/book/kogei-seika005.html







20200402

【延期のお知らせ】
6月5日(金)より開催予定だった「青花の会|骨董祭2020」を延期することにしました。新型コロナウイルスの感染状況が予測できないためです。なにとぞ御理解くださいますよう、お願い申上げます。

ざんねんです。今秋の開催をめざします。写真は4年まえの初回時に、骨董祭の題字をお願いしたときの五十嵐真理子さん(草友舎)の字。何枚もあります。「日課観音を描くように」とおたよりいただいたときの気持をおぼえています。





20200401

〈僕も白っぽい板が好きですが、白洲さんたちがもっていたような、白土を塗った天平古材は自分があつかうものではない。そういう古い物をみて、よいところをまなんで、時代が若くてもおなじようなよさをもつ物をみつけたいと思っています〉(坂田和實「謙虚さ」『工芸青花』5号「板と私」特集より)

『工芸青花』5号
https://www.kogei-seika.jp/book/kogei-seika005.html






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